12 民たち
朝。
王都アズ・ラハムは今日も賑わっていた。
巨大市場には香辛料の匂いが満ち、果物商が叫び、鍛冶屋の槌音が響く。
子供たちは走り回り、旅芸人は踊り、露店では焼き肉の煙が立ち上っている。
平和だった。
信じられないほど。
「新鮮な竜肉だよ!!」
「南方遺跡の宝石入荷!!」
「おい見ろ、今日は小麦が安いぞ!!」
民衆の顔には余裕があった。
腹が満たされている顔。
昔とは違う。
ほんの十数年前まで、この国はもっと危険だった。
砂漠には巨大魔物がうろつき。
交易路は盗賊だらけ。
辺境の村は定期的に壊滅。
隊商は命懸け。
夜に外を歩けば死ぬ。
そんな世界だった。
だが。
今。
「最近は本当に魔物減ったなぁ」
「だいたいレイ様が殴り飛ばしてるからな」
「昨日も巨大サソリを素手で潰したらしいぞ」
「怖ぇ……」
怖い。
だが。
同時に安心でもある。
世界最強の怪物が国内にいる。
それだけで魔物たちが減った。
実際。
最近の辺境村では。
「子供だけで井戸まで行けるようになった」
「夜に灯りを消さなくて済む」
「護衛なしでも小隊商なら通れる」
こんな話まで出ている。
農民たちは思っていた。
(……なんか知らんけど平和になった)
本当にその通りだった。
政治理論とかではない。
レイが強過ぎる。
それだけで生態系が変わったのである。
魔物側が避け始めた。
「あの辺には行くな」
「銀髪の化け物がいる」
みたいな状態になっていた。
一方。
民衆は女王サフィールをどう見ているのか。
複雑だった。
もちろん恐ろしい。
粛清する。
怒ると怖い。
貴族すら消える。
しかも浪費癖もある。
普通なら暴君扱いである。
だが。
結果。
国がめちゃくちゃ豊か。
そして安全。
民衆は困惑していた。
「……女王陛下って悪い人なのか?」
「さぁ……」
「でも生活は良くなったよな」
「子供が飢えなくなった」
「税も最近は軽いしな」
実際。
最近のザルハディアは異常に景気が良い。
なにせ。
レイが討伐した魔物素材を売るだけで国家予算が増える。
なので。
女王も無理に重税をかける必要がない。
結果。
民衆生活まで豊かになる。
意味不明である。
市場のパン屋の老婆が笑った。
「昔は魔物避けのために夜は泣きながら祈ってたもんだよ」
「今は?」
「“レイ様がいるから大丈夫だろ”で終わりさね」
雑だった。
しかし実際その通り。
そして。
最近、民衆の間ではある共通認識が生まれていた。
女王サフィール。
超美人。
そして。
世界最強の獣人を籠絡中。
これがめちゃくちゃ重要だった。
肉屋の親父が真顔で言う。
「正直、女王陛下には感謝してる」
「おっ、珍しいな」
「いや、あの美貌でレイ様を押さえつけてくれてるだろ」
「あー……」
全員納得した。
重要である。
非常に。
なにせ。
レイが自由になったら怖い。
あまりにも。
山を消し飛ばす。
竜を殴る。
寝返りで壁を壊す。
そんな怪物が、女王には妙に従順なのだ。
民衆は思っていた。
(頼むからずっとイチャついててくれ)
切実だった。
市場の若い商人が小声で言う。
「この前、女王陛下と喧嘩した時、レイ様が泣きながら地面叩いたら塔が崩れたらしいぞ」
「やめろ怖い」
「つまり陛下が捨てられたら終わるんじゃ……」
「やめろ」
皆、真顔になる。
結論。
女王には頑張ってもらうしかない。
非常に不敬だが。
民衆は内心こう思っていた。
(女王陛下……)
(その無駄に凄い美貌でこれからもあの獣人を籠絡してくれ……)
国家安定のために。
本当に。
その頃。
王宮。
「のだぁあああ!!」
レイはまだ半泣きだった。
「陛下ぁあああ!!」
「うるさいわねぇ」
サフィールは書類を読みながらため息を吐く。
「吾輩、反省したのだぁ!!」
「へぇ」
「美女見ても陛下の方が綺麗なのだぁ!!」
「当然でしょう?」
即答。
自信満々である。
レイは超真顔だった。
「本当なのだぁ!!」
サフィールは少し笑った。
実際。
彼女は美しかった。
支配者の美貌。
圧倒的な自信。
豪奢な気配。
普通の女ではない。
だからこそ。
世界最強の怪物すら飼い慣らせる。
サフィールはレイの顔を軽く撫でた。
「……ほんと単純」
「のだっ♡」
即尻尾ぶんぶん。
ちょろい。
侍女たちはその光景を見ながら思っていた。
(あぁ……)
(今日も国家が平和だ……)
外では民衆が笑い。
市場は栄え。
子供たちは魔物に怯えず走り回る。
その裏側では。
超美人の悪辣女王が、世界最強の獣人を色気で飼い慣らしていた。
ものすごく雑な国家運営だった。
だが。
なぜか上手く回っているのである。




