第93話 夏木立の教室と、噛み合わない証言 2
チャイムが鳴ると、教室はすぐにいつもの休み時間へ戻った。
前の授業のプリントを片づける音。次の教科書を出すやつ。廊下へ出ていくやつ。窓の外では、昨日の雨を残した木の葉が風に揺れている。
倉田の席を見ると、今度は一人だった。
「行く?」
柚木が俺の視線を追って聞く。
「ああ」
昨日なら、誰から聞くかを決めるだけでも余計な情報を拾おうとしていた。
でも、今は順番が決まっている。
一度目の雨。その時に窓を閉めた倉田からだ。
俺たちが近づくと、倉田が教科書から顔を上げた。
「何?」
「ちょっと昨日のこと聞いていい?」
先に口を開いたのは柚木だった。
「昨日?」
「窓。資料濡れた時の」
「ああ」
倉田はそれだけで話が通じたらしい。机の上の教科書を閉じる。
「別にいいけど」
事情を聞かれることを警戒している様子はない。
そもそも、こっちも誰かを問い詰めに来たわけじゃない。
「倉田、昨日、雨で窓閉めたって言ってただろ」
「言ったな」
「どっちの雨?」
倉田が少し眉を寄せた。
「どっちって?」
「昨日、二回降ったじゃん」
柚木が横から入る。
「最初の弱い方と、あとから急に強くなった方」
「ああ。最初」
そこは、昨日聞いた話と変わらない。
知りたいのは、その先だ。
「雨が降る前に閉めたのか?」
「いや」
倉田はすぐに首を振った。
「降ってるのに気づいてから」
「その時、窓は開いてた?」
「開いてたから閉めたんだろ」
「まあ、そうなるな」
「何だその聞き方」
倉田が呆れたように言う。
俺もそう思う。
ただ、分かっているつもりの部分ほど、一度言葉にした方がいい。
「確認してるだけだ」
「神崎、そういうとこあるよね」
「柚木に言われたくない」
「あたしそんな確認の仕方しないし」
話がずれかけたので戻す。
「雨が始まったのに気づいて、それから閉めた。それで合ってるか」
「ああ」
倉田は少しだけ考えてから頷いた。
「外見たら降ってたから、窓開いてるの気づいて閉めた」
「どれくらい開いてた?」
「時間?」
「ああ」
「そこまでは覚えてない」
倉田の返事は早かった。
「気づいてからは、そんな放っといてないと思うけど。何分とか言われても分からん」
「それでいい」
「いいんだ」
「分からないものまで決める必要ないだろ」
「それはそう」
欲しかったのは時計の数字じゃない。一度目の雨が始まった時点で窓は開いていて、倉田が気づいて閉めるまでの間があった。それだけで十分だった。
「……じゃあ、一回目でも濡れる可能性はあったんだ」
柚木が俺より先に言った。
「ああ」
「でも、あれ弱かったよね」
「弱かった」
「倉田も、気づいてからずっと開けっぱなしだったわけじゃない」
「そうだな」
二度目の雨は明らかに強かったし、資料の濡れが見つかったのもその直後だ。
一度目も候補には入る。
ただ、今のところ二度目の方がまだ自然だった。
「何、お前らそこまで調べてんの?」
倉田が聞いた。
「そこまでってほどでもないよ」
柚木が答える。
「昨日、三人の話がちょっと噛み合ってなかったじゃん? 誰か勘違いしてるって決める前に、順番だけちゃんと見ようって」
「三人?」
「倉田と、遠山と、小坂」
「ああ」
近くで話していた男子が、こちらへ顔を向けた。
「じゃあ倉田の話は合ってたってこと?」
その声に、別の一人も反応する。
「だったら遠山か小坂が違うんじゃね?」
ほんの少しだけ、教室の空気が動いた。
昨日と同じだ。
一つが合えば、残りのどこかが間違っている。
そう考えれば話は簡単になる。
俺も最初は、誰か一人が違うと思っていた。
「いや」
口を開いたのは倉田だった。
「誰かが嘘ついてるって決まったわけじゃないだろ」
近くの男子が瞬きをする。
「でも、話が合ってないんだろ?」
「だからって、今ので他の二人が嘘ついたことにはならなくない?」
倉田は特に強い口調でもなく言った。
「俺が覚えてること聞かれて、答えただけだし」
「まあ……そっか」
「そうそう」
柚木もすぐに続ける。
「今やってるの、誰が怪しいか決めるやつじゃないから。昨日の順番を確認してるだけ」
「じゃあまだ何も分かってない?」
「神崎?」
なぜ俺に振る。
「増えた」
「何が?」
「可能性」
「分かりにくっ」
柚木が笑った。
調べる前より、一度目の雨も無視できなくなっただけだ。
「じゃあ、俺もういい?」
倉田が教科書へ手を戻す。
「ああ。助かった」
「ん」
「ありがと、倉田」
「別に」
会話はそこで終わった。
倉田はまた教科書を開き、近くの男子も別の話へ戻っていく。
少し離れたところでは、澄が友達と次の授業の話をしていた。
教室は何事もなかったように、また休み時間の音へ戻る。
「一個増えたね」
自分の席へ戻りながら、柚木が言った。
「何が」
「一回目の雨」
「ああ」
「でも、まだ二回目の方がありそう?」
「今のところは」
「そっか」
柚木が教室の前方へ視線を向ける。
「じゃ、次」
遠山が友達と話していた。
「遠山?」
「ああ」
次は、雨が止んだあとに窓を開けた遠山だ。誰が正しいかを決める前に、起きた順に確認していけばいい。




