第59話 青嵐の作法室と、抱えた仕事 3
机の上には、まだ発注記録が広がっていた。前年より、茶葉や消耗品の注文量そのものが減っている。
補充する回数も少なくなっていた。そこまでは分かった。
分からないのは、桜小路先輩が何のためにそれをやっているのかだ。紙を睨んでいても、そこから先は推測にしかならない。
なら、聞いた方が早い。
「今年、注文量を減らしてますよね」
桜小路先輩が、俺を見る。
「ええ」
「補充のやり方も変えてる。あれ、何のためなんですか?」
わずかに間が空いた。
突然の質問だったから、というより、どこから話すか考えたような間だった。
「そうですね……一番大きいのは、この先のことを考えているからでしょうか」
「この先?」
隣で聞いていた星野が首を傾げる。
桜小路先輩は頷いた。
「以前は、足りなくなりそうなものがあれば、わたくしの方ですぐに手配することが多かったでしょう?」
「桜小路家の方も使ってたやつですか?」
俺が聞く。
「ええ。それも含めて考えています」
桜小路先輩の指が、机の上の発注記録へ触れる。
「もちろん、必要なものを用意しないという意味ではありません。ただ、足りなくなればわたくしが補えばいい、という形を前提にしないようにしていますの」
「使い方自体も見直してるんですか?」
「ええ。今あるものをどう使うか、代わりに使えるものがないか、次に補充するならいつが適切か。その辺りを、部として考えるようにしています」
だから、去年より注文量そのものが減ったのか。
単に買うのを我慢しているわけじゃない。
補い方から変えている。
「でも、桜小路先輩がやってくれるなら、その方が早くないですか?」
星野が素直に聞く。
「めっちゃ楽ですし」
「くるみ」
柚木が苦笑する。
「いや、だって本当にそうじゃん……じゃなくて、そうじゃないですか」
慌てて言い直した星野に、桜小路先輩が笑った。
「わたくしがずっとここにいるのであれば、それでもよいかもしれませんね」
「……あ」
星野の顔から、納得したように力が抜ける。
「そっか。卒業するんでした」
「しますわよ?」
「いや、分かってますって」
「今、忘れていたでしょう?」
「一瞬だけです」
「それを忘れたと言うのではなくて?」
横で柚木が吹き出した。
「でも、そういうことなんですね」
柚木が発注記録へ目を落とす。
「今まで桜小路先輩がいるから普通にできてたことを、先輩がいなくてもできるようにしてるってことですか?」
「ええ」
桜小路先輩は迷わず頷いた。
「わたくしや家の手配を使うこと自体が悪いとは思っていません。必要であれば、これからも使うつもりです」
そこで一度、言葉を切る。
「けれど、それがなければ成り立たない状態を残すつもりもありませんの」
「後輩に任せるのも、その一つですか?」
「ええ。発注や在庫の確認も、少しずつお願いしています。何もかもわたくしが確認しなければ動かないのでは、意味がありませんもの」
「なるほど」
星野が何度か頷く。
「桜小路先輩が楽するためじゃなかったんですね」
「その言い方だと、わたくしが普段から楽をしたがっているように聞こえますよ?」
「違います違います。そういう意味じゃないですって」
星野が両手を振る。
柚木がまた笑った。
俺は机の上の記録を見る。注文量や補充の間隔は追えても、何のために変えたかまでは紙に書いていない。
「神崎くんには、本当に隠しづらいですね」
桜小路先輩が言う。
「今回は匂い関係ないですけどね」
「それはそれで困りますわ」
「別に隠してたわけじゃないですよね?」
「ええ。聞かれなければ、わざわざ説明することでもないと思っていただけです」
俺は広げていた記録を重ねた。
「じゃあ、解決ですか?」
星野が聞く。
「注文が減った理由については」
「じゃあ今日は終わりですね」
「そのつもり」
聞きたかったことには、もう答えが出ている。
「では、通常の活動へ戻りましょうか」
桜小路先輩が資料を引き寄せた。柚木がノートを開き直し、星野も途中だった作業へ戻る。
少し離れたところでは、澄も手元へ視線を戻していた。紙をめくる音がする。さっきまで発注記録について話していたのが嘘みたいに、作法室はいつもの空気へ戻っていった。
俺も手元の作業へ戻る。




