第43話 薫風の街角と、残された注文 4
香木店を出てからも、さっき聞いた言葉が頭の端に残っていた。
今年は、例年より少ない。
俺は人の少ない側の通りを選んで、そのまま三人と歩いた。
「次、和菓子屋さんですよね?」
星野の声が弾む。
「そうだな」
「さっきより返事早くない?」
柚木が笑った。
「行き先は分かってるからな」
「くるみちゃんが期待してるのは、そこじゃないと思うよ」
澄まで口を挟む。
「分かってます、真白先輩。買い出しですから。ちゃんと分かってますけど」
「けど?」
「見るくらいはいいですよね?」
「もう見る気満々じゃん」
柚木が笑い、星野が「だって和菓子ですよ」と返す。さっきまで香木店の話をしていたのに、もう会話は次の店へ移っていた。
俺たちが次の店へ向かう予定は、朝から変わっていない。ただ、そこも桜小路先輩が以前から使っている店だった。
それだけ覚えておけばいい。人の流れを一つ避ける。
朝から歩き続けた分、足より先に頭の奥が重くなっていた。鼻へ入ってくる情報も、午前より切り分けに少し時間がかかる。
それでも、人の密度が低い道を選べばまだ問題はない。しばらく歩いて、控えていた店へ着いた。
扉を開ける。外に溜まっていた香水や汗、飲食店から流れてくる匂いが背中側へ遠ざかった。
代わりに入ってきたのは、紙箱と木、それから菓子の甘さだった。強く押してくる匂いじゃない。
「わあ……」
星野が声を漏らした。
視線の先には、季節に合わせたらしい意匠の菓子が並んでいる。
「こういうの、見てるだけでも楽しいですね」
「分かる。食べるのもいいけど、見た目ちゃんとしてるやつテンション上がる」
「急に語彙が雑です」
「伝わればよくない?」
「茶席で使う時って、やっぱり選び方あるんですか?」
星野が今度は澄を見る。
「あるけど、今日は桜小路先輩が選んで注文してる分を受け取るだけだよ」
「じゃあ今日は見るだけですね」
「さっき自分で言ってただろ」
「神崎先輩、覚えてたんですか」
「数分前だぞ」
星野が何とも言えない顔をする。その横で柚木が笑っていた。
俺は店の人へ用件を伝える。桜小路先輩から聞いていた内容で話は通り、用意されていた品が奥から運ばれてきた。
名前と受け取り内容を確認する。食い違いはない。
「こちらでご注文分は以上になります。以前に比べると、今回は少なめのご注文でしたけれど、こちらでお間違いありません」
返事をしかけて、止まった。香木店で聞いた言葉と、方向が同じだった。
扱っているものは違う。店も違う。
背後で、さっきまで菓子を見ていた三人が静かになった。俺は包みではなく、店の人を見る。
「それって、今回だけですか?」
「いえ」
答えはすぐに返ってきた。
「今年に入ってからは、以前より控えめなご注文が続いていますね」
今回だけじゃない。
今年に入ってから、続いている。
「何か変えられたのかな、とは思っていたのですが」
店の人は少し考えるように続けた。
「詳しいことは伺っておりませんので、こちらでは何とも」
「分かりました。ありがとうございます」
それで十分だった。
この店が知っているのは、注文が減っていることまでだ。
「香木だけじゃなかったんですね」
星野が言った。
「ああ」
「しかも今回だけじゃないんだ」
柚木が腕を組む。
「お店の人も、理由知ってて濁してる感じじゃなかったし」
「少なくとも、本人は知らないと言ってる」
「神崎、そこは律儀だよね」
「何が」
「いや。何でもない」
柚木は笑って、それ以上は続けなかった。
澄が受け取りの包みへ目を落とす。
「香木と茶菓子じゃ、同じ店の都合では説明できないね」
「そうだな」
二軒目でも、同じ方向の差が出た。しかも、こっちは今回一度だけじゃない。
今年に入ってから続いている。桜小路先輩が言っていた「見直し」が、一つの店だけの話ではなさそうだというところまでは分かった。
その先は、まだ分からない。
「ありがとうございました」
受け取りを終えて、四人で店を出た。外気が一気に戻ってくる。
甘い飲み物。油。汗。香水。整髪料。車道から流れてくる排気。
朝から何時間も拾い続けたせいか、一つ一つは耐えられても、切り分けるまでの余裕が朝より短くなっていた。俺は息を浅くして、人の流れから半歩外れる。
「これで全部だよね?」
澄が聞く。
「ああ。頼まれてた分は終わり」
「じゃあ、どうする?」
スマホを見る必要はなかった。予定は終わった。
分かったことも増えた。ここから予定になかった店を探して歩き回ったところで、今必要な答えが出るとは限らない。
「今日はここまででいい」
俺が言うと、柚木がすぐ頷いた。
「賛成。結構歩いたし」
「私もです。楽しかったですけど、足はちゃんと疲れてます」
「星野、途中で店見るたび止まってたからだろ」
「それだけじゃないです」
「否定弱いな」
「先輩、最後までそういう感じなんですね」
星野が呆れたように言って、柚木がまた笑う。澄も何も言わずに頷いた。
帰る方向へ歩き出す。人の流れが増える場所では、なるべく端を選んだ。
もう今日のために街へ残る理由はない。しばらくして、人の流れがいくつかに分かれる場所まで来た。
「じゃ、あたしたちこっちだから」
柚木が足を止める。
「今日はありがと。普通に楽しかった」
「私もです。また学校で」
星野も軽く頭を下げた。
「ああ。またな」
「またね、玲奈ちゃん。くるみちゃん」
「またねー」
「お疲れさまでした」
二人が人の流れへ混ざっていく。俺と澄はそのまま、同じ方向へ歩いた。
荷物が増えた分、朝より手は塞がっている。身体も重い。
それでも、予定していた用事は全部終わった。頭に残っているものだけが、一つ増えている。
香木と、茶菓子。別の二店舗で、同じ方向の変化が出ている。
そのうち和菓子店では、今年に入ってからそれが続いていた。一店舗だけの偶然では、もう説明しにくい。
だからといって。桜小路先輩が、なぜそれをしているのか。
そこはまだ、何も分かっていなかった。




