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君の隠し事は、甘い匂いがした。――この距離じゃ、その嘘全部バレてるぞ。  作者: 来里 綴
薫風の密室と、支えの行方

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第41話 薫風の街角と、残された注文 2

 入口の扉を開けると、外の通りに溜まっていた匂いが背中側で一段薄くなった。店内にも人はいる。


 新品の布や紙、木製の棚。それぞれの商品から立つ細かな匂いが混じっていた。


 それでも、さっきの表通りみたいに全部が一度に押し寄せてくるわけじゃない。これなら問題ない。


 俺はスマホの一覧を開き、桜小路先輩が印をつけた項目を確認した。


「これですね」


 店員が用意してくれた候補が、カウンターの上に並ぶ。用途は同じ。必要な数も揃えられる。


 先輩から聞いていた条件と表示を照らし合わせてから、一つ目へ近づいた。店内の匂いをできるだけ切り分けながら、鼻に入ってくる輪郭を拾う。


 最初の立ち上がりは少し強い。ただ、広がり方は素直で、距離を取ればすぐ薄くなった。


 二つ目は逆だった。最初は穏やかだが、しばらくすると細い刺激が残る。


 どちらも使えないわけじゃない。作法室に長くいるなら、一つ目の方が俺には処理しやすそうだった。


 表示されている条件にも問題はない。


「こっちでいいと思う」


 俺が一つ目を指すと、隣にいた澄がスマホの画面を覗いた。


「数も大丈夫だね」

「ああ」


 これで頼まれた確認は終わった。店員へ伝えればいい。


 そう思ったところで、俺は一つ目へもう一度視線を戻した。少し離れた位置から、短く確かめる。


 近くでは問題ない。距離を取っても、輪郭は長く残らなかった。


 やっぱりこっちだ。


「……神崎?」


 柚木の声がした。


「何だよ」

「いや、今ので決まったんじゃなかった?」

「決まったけど」

「じゃあ今の何?」

「確認」

「それは見れば分かるって」


 柚木が笑いを噛み殺すみたいに口元へ手をやる。


 少し離れたところにいた星野まで、こっちを見ていた。


「神崎先輩、まだ見るんですか?」

「もう見た」

「今、二回目見てましたよね」

「一回目で決めて、二回目で確認した」

「それ、普通は一回目の中に入ってません?」


 知らない。


 条件に合わないものを持ち帰って、あとで違ったと分かればまた来ることになる。


 こんな人の多い日に、同じ場所まで二回来る方がどう考えても面倒だ。


「今見れば済むだろ。持って帰ってからやり直す方が面倒だ」

「言ってることは分かるんだけどさ」


 柚木が澄を見る。


「澄ちゃん、神崎って頼まれ事になると毎回こんな細かいの?」

「うーん」


 澄は俺を見てから答えた。


「ちゃんと終わらせたい時は、わりと」

「わりとじゃないですよ、真白先輩」


 星野がすぐに乗った。


「先輩、さっきから一人だけ買い物じゃなくて検品してません?」

「頼まれた物を選んでるんだから似たようなもんだろ」

「休日にその顔で言うの、ずるくない?」


 柚木がとうとう吹き出した。何がずるいのかは分からない。


 ただ、選ぶものは決まった。これ以上ここにいる理由もない。


「終わったぞ。次行く」

「切り替え早っ」

「さっきまであんなに慎重だったのに」

「決まったからな」


 星野と柚木が顔を見合わせる。その横で澄も笑っていた。


 店を出ると、昼の街はさっきよりさらに温まっていた。表通りには戻らず、そのまま人の少ない側を選んで歩く。


 遠回りにはなるが、今はこっちの方が楽だった。途中で必要なものをいくつか買う。


 数が決まっているものは表示を見て、分からないところだけ店員に聞く。最初の店ほど時間はかからなかった。


 用事をいくつか済ませた頃には、昼を少し回っていた。


「ちょっと休まない?」


 柚木が、人通りの少ない方を見ながら言った。


「賛成です」


 星野がすぐ続く。


「慧くんは?」


 澄に聞かれて、自分の状態を一度確認する。身体の奥に、朝にはなかった重さが残っていた。


 まだ歩ける。でも、今休めるなら休んだ方がいい。


「そうする」


 近くの店でそれぞれ飲み物を買って、人通りから少し外れたベンチへ移った。冷たいものを一口飲む。


 街の中心から少し離れているだけで、入ってくるものの数が違った。完全に静かではない。


 車も通るし、店から食べ物の匂いも流れてくる。それでも、一つずつ切り分けられる。


「くるみちゃん、それ気になってたやつ?」


 柚木の声が聞こえた。


 見ると、星野が店でもらった小さな案内を開いている。


「はい。季節限定って書いてあったので」

「やっぱり」

「何ですか、その反応」

「さっきからそこだけ見る時間長かったし」

「見てました?」

「見てた」


 星野が少しだけ案内を伏せる。


「別に、今すぐ買うって決めたわけじゃないですからね」

「誰もそこまで言ってないって」

「玲奈ちゃん、楽しそう」


 澄が笑う。


「だって分かりやすいんだもん」

「真白先輩は気にならないんですか?」

「私は……今なら冷たい方がいいかな」

「あ、それ分かります」

「でしょ?」


 三人でそのまま、食べ物や飲み物の話が続いていく。次に寄る店の話でもなければ、部活の話でもない。


 今日の買い出しとは何の関係もない話だ。俺はペットボトルを持ったまま、それを聞いていた。


 こういう時間まで予定に入っていたわけじゃない。でも、別に急いで切り上げる必要もなかった。


 休んでいる間にも、身体の重さは少しずつ引いている。なら、今はこれでいい。


 しばらくして、星野が案内を畳んだ。


「帰りにまだ欲しかったら見ます」

「それがいいかもね」


 澄が頷く。


「忘れてたりして」

「その時はその程度だったってことで」

「くるみちゃん、意外と割り切るね」

「欲しいもの全部買ってたら大変じゃないですか」


 その点は分かる。


 俺は残りの予定を確認した。


 次は、桜小路先輩が前から使っている香木店だった。


「そろそろ行くか」

「もう大丈夫?」


 澄が聞く。


「ああ。次は受け取る物も決まってる。さっきほど時間はかからないだろ」

「じゃ、行こっか」


 澄が立ち上がる。


「はーい」

「了解です」


 柚木と星野も続いた。四人でまた歩き出す。


 少し進むと、周囲の店構えがさっきまでより落ち着いてきた。新しい看板の間に、長くそこにありそうな店が混じっている。


 控えていた場所と照らし合わせて、足を止めた。


「ここだな」


 次は選ぶところからじゃない。


 受け取って、確認して、それで終わる。


 そのつもりで、俺は老舗らしい店の入口へ手を伸ばした。

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