↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の隠し事は、甘い匂いがした。――この距離じゃ、その嘘全部バレてるぞ。  作者: 来里 綴
春の匂いと、香水の鎧

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/93

第27話 葉桜の放課後と、強がりの素顔 1

 翌朝の二年三組に、昨日の名残はほとんどなかった。少なくとも、柚木を見る限りでは。


「それ絶対そっちの方がいいって」

「玲奈、それ昨日も言ってた」

「だって絶対いいもん。優花は?」

「私はどっちでもいいかな」


 水瀬と小坂の机の間で、柚木が笑っている。声も、返事の速さも、いつも通りだ。昨日、アトマイザー一つから始まった面倒事を最後まで人間関係ごと片づけた人間には見えない。


 もっとも、あいつにとっては片づけたからこそ、もう終わった話なのかもしれない。俺は自分の席で鞄を机の横へ掛けた。教室には整髪料と柔軟剤と朝の外気が混じっている。始業までの時間を静かにやり過ごせれば、それでいい。


 そのつもりだった。


 少し離れたところで、柚木がクラスメイトと話している。何かの受け渡しの話らしい。会話そのものは、周囲の声に紛れてほとんど聞こえなかった。相手が去ると、柚木もすぐ水瀬たちとの話へ戻る。


 それからしばらくして。別の女子が柚木の席へ来た。今度は鞄からノートを出しながら何か話している。柚木が何気なく返事をして――途中で止まった。


「……あれ?」


 女子が首を傾げる。


 柚木はさっき話していた相手の方を見た。二人はそれぞれ別の場所で、互いにこちらを気にしている様子はない。


「ちょっと待って。確認してくる」

「え?」


 柚木は席を立った。誰かに呼ばれたわけでもない。


 さっきの女子のところへ行き、短く話す。今度はもう一人のところへ戻る。二、三度言葉を交わしたところで、相手が「ああ」と声を上げた。


 何かは片づいたらしい。柚木は笑って自分の席へ戻ってくる。その途中、俺の机の横を通った。


「何かあったのか」


 俺が聞くと、柚木が足を止めた。


「ノート返す時間、片方は今日の放課後って思ってて、もう片方は明日の朝だと思ってた」

「ずれてたのか」

「うん。別々に話聞いてて、あれって思って」

「で、確認した」

「そういうこと。明日の朝だと思ってた方が、別の提出と混ざってたみたい」


 柚木は軽く笑った。


「先に分かってよかったじゃん」


 それだけ言って、水瀬たちの方へ戻っていく。


 柚木は、わずかに機嫌がよさそうだった。一時間目と二時間目の間にも、似たようなことがあった。


「柚木、ちょっと聞いていい?」

「なに?」

「明日あの子に話したいことあるんだけど、昼って空いてるか知ってる?」

「そこまでは知らないなー」


 普通なら、それで終わる。本人に聞けばいい。けれど柚木は、そこで一拍だけ考えた。


「次の移動の時会うし、聞いとこっか?」

「え、いいの?」

「いいよ。ついでだし」


 次の休み時間、柚木は本人に確認して戻ってきた。


「明日の昼休み、大丈夫だって」

「ほんと? 助かった。ありがと」

「どういたしまして」


 それで、頼まれたことは終わった。相手も満足したらしく、自分の席へ戻っていく。柚木はその背中を見送ってから、少しだけ首を傾けた。


「あ」

「何だ」


 近くにいた俺が聞くと、柚木がこちらを見る。


「いや、もう一人にも先に言っといた方がラクかなって」

「誰に」

「明日の話に関係ある子。あとで聞いてないってなるより、先に分かってた方がラクじゃん」

「今行くのか」

「んー……次、始まりそうだし後でいいや」


 チャイムが鳴る。柚木はそのまま席に戻った。実際、その方が早い。だから昼休みまでは、止める理由もないと思っていた。


 昼のチャイムが鳴ると、水瀬と小坂が柚木の机へ集まった。


「玲奈、今日こっちで食べよ」

「いいよ。ちょい机寄せる?」


 三人が机を動かしかけたところで、柚木の手が止まった。


「あ」


 水瀬が見る。


「なに?」

「午前中のやつ、もう一人にも言っとこうと思ってたんだった」


 柚木が時計を見る。今でなくてもいい。午後に伝えても間に合う話だ。


「あとでじゃダメなの?」


 小坂が聞いた。


「ダメじゃないけど」


 柚木は一度だけ時計を見直した。


「今やっとけば午後ラクだし。ごめん、莉愛、優花。先食べてて」

「ん、いいよ」

「戻ってくる?」

「すぐ戻るって」


 柚木はそのまま教室を出ていった。


 戻ってきたのは数分後だった。


「ただいまー」

「おかえり。これ聞いて、莉愛がまた――」

「ちょ、優花、それ先に言う?」


 柚木は笑いながら席に戻り、昼飯を食べ始めた。昼食を抜いたわけでもない。三人の会話にも混ざっている。


 ただ、食べ終わった頃には予鈴までほとんど時間が残っていなかった。誰かに休憩を奪われたわけじゃない。柚木が、空いていた時間を確認に使った。


 午後、その差が初めて形になった。


「柚木、朝のやつって結局いつだっけ?」


 教室の後ろから聞かれて、柚木が振り返る。


「明日の昼休み――」


 そこで止まった。


「……じゃない。ごめん、それ別件。今日の放課後」

「あ、今日ね。了解」

「ごめんごめん、今二つ混ざった」


 相手は気にした様子もなく、自分の席へ戻った。


 実害はない。柚木も両方忘れていたわけじゃない。今日の放課後。明日の昼休み。二つとも覚えていて、答える瞬間だけ接続先を間違えた。


 柚木が自分の席へ戻る途中、俺の机の横を通る。甘い香水が朝より強く立った。何度も教室を出入りしていれば体温は上がる。そこへ薄い汗の匂いも混じっている。


 それだけで疲れているとは決められない。ただ、午前から何度も席を立っている。昼もほとんど休んでいない。


 普段なら混ぜない程度の二つを、一瞬だけ取り違えた。材料は増えていた。柚木は席に着くと、小さく息を吐いた。


「危な。次から返す前に一回確認しよ」


 減らす、ではないらしい。


 確認する。


 もっと正確にする。


 そうすれば、今と同じ量でも問題ない。少なくとも、柚木の中ではそれで済むらしい。俺は何も言わなかった。


 一度言い間違えただけなら、それで終わる可能性もある。放課後になるまでは。


 終礼が終わると、教室の空気が一気に動いた。


 部活へ向かうやつ。そのまま帰るやつ。廊下へ出て、別の教室へ向かうやつ。


 朝からの予定も確認も、もう片づいていた。少なくとも、今日やるべきことは残っていない。俺も鞄を持った。


 本棟に長くいる理由はない。あとは旧校舎へ向かえばいい。その時、柚木が鞄を肩へ掛けながら足を止めた。


「あ」


 近くにいたクラスメイトが振り返る。


「どした?」

「いや、明日のやつ。念のため、もう一人にも先に聞いといた方がいいかなって」

「今から?」

「すぐ終わるし。先に分かってた方が明日ラクじゃん」


 午前にも聞いた、「先に分かっていた方が楽」という言葉だった。必要な確認はもう終わっている。それでも、まだ問題になっていない場所へ次の確認を増やそうとしている。理由までは分からない。


 柚木が教室の出口へ向く。


 以前なら、そのまま行かせていた。本人が自分で決めたことだ。俺には関係ない。それで切れた。


 けれど今日は、朝から見えてしまったものが多すぎる。一度くらい、状態を確認した方がいい。そう決めて、俺は旧校舎へ向けかけた足を止めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。