↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の隠し事は、甘い匂いがした。――この距離じゃ、その嘘全部バレてるぞ。  作者: 来里 綴
春の匂いと、香水の鎧

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/93

第23話 春陰の片隅と、忘れられた包み 1

 授業が始まると、なくなったアトマイザーの話は一度教室の表面から消えた。教師が入ってきて、教科書が開かれる。さっきまで水瀬の机の周りに集まっていた連中も、それぞれの席へ戻った。


 俺もノートを開いた。水瀬の香水は、時間が経った分だけ薄くなっていた。完全に消えたわけではない。机や人が動くたび、教室のあちこちから同じ香りが少しずつ立つ。


 次のチャイムが鳴るまで、事件のことは考えなかった。


 休み時間になってすぐ、水瀬がこっちへ来た。


「で、どうするの?」

「何が」

「何がじゃないでしょ。アトマイザー」

「まだ続けるのか」

「見つかってないんだから続くでしょ」


 もっともだった。その後ろから柚木も来る。


「神崎、さっき見る場所変えるみたいな顔してたじゃん」

「どんな顔だよ」

「神崎の顔」


 説明になっていない。ただ、今度は柚木の方が合っていた。


「水瀬。最後に使った時のこと確認したい」

「最後に?」

「ああ。使った場所と、そのあとどこに戻したか」


 水瀬が自分の机を見る。


「ここ。さっき言ったじゃん。使って、ポーチに戻した」

「その時点では手元にあった?」

「あるよ。使ってるんだから」

「キャップは?」

「閉めた」


 即答したあと、水瀬が少しだけ眉を寄せた。


「……と思う。いや、普通閉めるでしょ?」

「普通どうするかは聞いてない」

「めんどくさ」

「神崎、そういう聞き方すると事情聴取っぽいって」


 柚木に言われた。別に取り調べているつもりはない。


「閉めた記憶があるのと、実際に完全に閉まってたかは別だ」


 水瀬が口を開きかけて、止まる。


「それは……まあ、そうだけど」


 十分だ。水瀬が閉めたつもりだった。そこから先は、まだ分からない。


 俺は許可を取って、水瀬の机とポーチ周辺だけを見る。もう何度か近くにいるせいで、香水そのものは嫌でも分かる。


 空気に残っている方は広い。ひと吹きした時に散ったものが、人の移動や空調に崩されながら薄く伸びている。


 それとは別に、机とポーチの周辺には、狭い範囲だけ残り方の違う場所があった。空気中へ散った香りよりまとまっている。周囲全体が濃いわけではない。表面の一部へ寄るように残っていた。同じものを空中へ一度噴いただけなら、こういう偏り方はしにくい。


「……水瀬」

「なに?」

「使ったあと、少し漏れた可能性がある」


 水瀬が目を瞬かせた。


「漏れた?」

「断定じゃない。噴いた香りだけでこの残り方になるより、液が少量どこかへ直接付いたと考えた方が自然ってだけ」


 水瀬がポーチを見る。


「でも、私そんなの気づかなかったけど」

「少量なら気づかなかった可能性もある。逆に、別の理由で付いた可能性もある」

「じゃあ結局まだ分かんないじゃん」

「そうだな」

「そこ普通に認めるんだ」


 さっきも似たようなことを言われた気がする。分からないものを分かったことにする方が面倒だ。柚木が机の横から覗き込む。


「でも、もし漏れてたならさ。なくなった理由も変わる?」


 俺は少し考えた。そこにあった物が、あとでなくなった。今までは、その間に誰かが持っていった、という線を強く見ていた。


 でも、使用後にアトマイザーの状態が変わっていたなら。


「盗るためじゃなく、動かされた可能性は出る」

「たとえば?」

「そこまではまだ知らない」


 誰かが意図的に持ち去った。何かの理由で一時的に別の場所へ動かした。


 それ以外。今ある情報だけなら、どれも消せない。


 水瀬は納得しきっていない顔だったが、さっきまでみたいに誰かの名前は出さなかった。


 俺も出す気はない。そこで、教室の中を誰かが横切った。水野だった。


 自分の席へ戻る途中、机の間を抜けていく。その瞬間、周囲に薄く漂っているものとは違う形で、同じ香りが入ってきた。


 水瀬の香水。教室中にある。それ自体は珍しくない。


 ただ、水野が通り過ぎたあとまで同じ場所に残るものではなく、水野が動けば香りの位置も一緒に動いた。周囲の空気に漂っているだけじゃない。水野自身に付いている。


 そこまでは分かる。俺は水野を見る。すぐに視線を外した。


 いつ付いた。何に触れた。なぜ付いた。


 その答えは、匂いの中にはない。藤崎のハンドクリームで、一度それをやったばかりだ。同じ失敗を二人目で繰り返す趣味はない。


「神崎?」


 柚木が俺の視線に気づいた。


「水野にも付いてる」


 声を落として言う。柚木の目が水野の方へ動きかけた。


「莉愛の香水?」

「ああ。ただし、それだけだ」

「それだけ?」

「水野に同じ香りが付いてる。それ以上は何も決まってない」


 水瀬も聞いていたらしい。


「でも、それって――」

「水瀬」


 途中で止める。


「藤崎の時と同じになるぞ」

「あ」


 水瀬が口を閉じた。柚木も一度頷く。少し意識を教室の後ろへ向ける。


 そこにも、空気に薄く混ざった残香とは別の残り方をしている場所があった。人が動いて空気が入れ替わっても、同じ位置からわずかに残る。何かに付いた香り。


「後ろにもある」


 俺が言うと、柚木が振り返った。


「同じの?」

「ああ。空気に漂ってるだけじゃなくて、場所に残ってる」


 水瀬が今度は何も言わなかった。少しは学習したらしい。俺も同じだ。


 水野に付いた香り。教室の後ろに残った香り。どちらも水瀬のものだ。


 だからこそ、それだけでは順番にならない。なら、必要なのは別の情報だ。


 俺は柚木を見る。


「柚木」

「ん?」

「水瀬が最後に使ったあと、人がどう動いてたか覚えてるか」


 柚木が少しだけ目を見開いた。


「人の動き?」

「ああ。誰が水瀬の机の近くにいて、そのあとどこへ行ったか。教室を出たやつがいたなら、それも」


 柚木はすぐには答えなかった。代わりに、教室の中へ視線を巡らせる。


 水瀬の席。通路。教室の後ろ。


 さっき俺には取れなかった順番を、柚木は別の形で持っているかもしれない。


 水瀬が最後に使ったあと、何が起きたのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。