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君の隠し事は、甘い匂いがした。――この距離じゃ、その嘘全部バレてるぞ。  作者: 来里 綴
春の匂いと、香水の鎧

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第2話 桜舞う朝と、近すぎる香水 2

 一時間目が終わると、教室の中で一斉に人が動き始めた。教師が出ていき、椅子が鳴る。窓際へ寄るやつ、前の席へ話しかけるやつ、次の授業の準備を始めるやつ。


 新学期が始まって数日。まだ固まりきってはいない集まりが、休み時間になるたび少しずつ形を変える。


 俺は席を立たなかった。わざわざ人の多い場所へ移動して、拾わなくていい匂いまで増やす理由はない。


「神崎、次って教室そのままだよな?」


 横から遠山が聞いてきた。


「ああ」

「よし。助かった」


 それだけ確認すると、遠山は前の方にいる男子へ何か言いながら歩いていった。


 別に、誰とも話せないわけじゃない。話す必要があれば話すし、向こうから来れば返す。必要がないなら、自分から増やさないだけだ。


 斜め前では、男子二人が次の授業のプリントを広げていた。


「次、お前からだろ」

「別に。余裕」

「じゃ一番な」

「いや、二番で」

「余裕じゃねえじゃん」


 笑いながら返す声は軽い。その奥で、制汗剤に混じる汗が少し強くなった。


 余裕、は盛ってるな。


 澄も自分の席の近くで何人かと話している。倉田は机を寄せた男子二人のところにいて、如月は前方でプリントを見ながら誰かと話していた。


 そして、教室の中央付近。柚木玲奈は、水瀬と小坂のそばにいる。


 距離があるぶん、朝ほどきつくない。それでも香水のせいで、どの辺りにいるかは嫌でも分かる。朝、俺が半歩避けたことに気づかれたせいか、今までより意識にも残った。


 香水さえ近づいてこなければ、それでいい。


「え、それで終わり? 続きないの?」


 数席向こうから、柚木の声が聞こえた。


「ないって。そこで先生来たし」


 小坂が答える。


「いや気になるでしょ、それ。優花、そのあと聞かなかったの?」

「聞くタイミングなかったんだって」

「じゃ今日聞いてよ。あたしまで気になってきた」

「なんで玲奈まで」


 水瀬が笑う。


「だって途中まで聞いたら最後まで欲しくない?」

「玲奈そういうとこあるよね」

「あるある。で、莉愛はどう思う?」


 今度は水瀬へ話を振った。


 何の話かまでは知らない。知る必要もない。ただ、仕方なく付き合っているようには見えなかった。続きを聞きたがって、水瀬の返事にはすぐ笑う。


 人と話すこと自体が好きなんだろう。


 その香水に、汗の匂いがわずかに混じる。


 俺は視線を戻した。


 二時間目のあとの休み時間、柚木たちのところへ別の女子が一人近づいた。三人で続いていた話に入るには、中途半端な位置だ。


 その女子が声をかけるより先に、柚木が半歩ずれる。


「あ、そこ空いてる。なに?」


 立つ場所が一人分増えた。会話は止まらない。新しく来た相手が二言ほど聞いて「ああ、それね」と入った時には、最初からそこにいたみたいに四人の形になっていた。


 そのあとも、似たことが何度かあった。


 誰かの返事が短くなればそいつへ話を振り、小坂が考えている時は先に口を挟まない。通りがかったやつが話題に反応すれば、自然に入れる隙間を作る。


 細かい。


 柚木は会話の中身だけじゃなく、そこにいる人間もよく見ている。俺が人混みで風向きと人の位置を見て立つ場所を変えるのとは目的が違うが、先に周りを見て自分の位置を変えるところは少し似ていた。


 無意識だけでやっているにしては、ずいぶん細かい。


「そういえば優花、さっきの話どうなった?」


 次の休み時間、もう別の話題になっていたところで柚木がそう聞いた。


 小坂が一瞬目を丸くする。


「まだ聞いてないよ」

「えー。気になってたのに」

「次の授業までに聞けるわけないでしょ」

「じゃ昼まで保留ね」

「玲奈が勝手に気にしてるだけじゃん」

「あたし今もう当事者くらい気になってる」


 水瀬がまた笑い、柚木も笑った。


 さっきの見方だけでは足りない。


 場を回すためなら、終わった話を自分から拾い直す必要はない。単に社交的で、人を見るのが得意なだけなのかもしれない。


 それにしては――。


 やめた。材料が足りない。


 そもそも、柚木がどういう人間だろうと、俺の学校生活には大して関係がない。近すぎる時だけ避ければいい。


 昼休みを告げるチャイムが鳴った。


 教室の空気が一気にほどける。立ち上がる音。鞄を開ける音。机を寄せる音。


 遠山はさっそく別の男子に声をかけ、倉田も席を立った。澄の周りにも自然に人が集まる。


 俺は動かない。昼まで人の密度を上げる趣味はない。


 机の中へ手を入れたところで、ふと視線を感じた。


 顔を上げると、柚木と目が合った。朝と違って、今度は向こうが先に逸らさない。


 一秒ほど止まったあと、柚木の目が俺の周囲を軽く見る。


 空いた隣の席。それから、俺。


 朝のことか、それとも一人でいるのを見つけただけか。


 柚木がこちらへ向きを変えた。


 人の間を抜けるたび、香水が近づいてくる。


「神崎」


 俺の机の前で止まった。


「昼、ずっとそこいるの?」

「今のところは」

「今のところって何」

「気が変わる可能性はある」

「その返しで会話終わらせようとしてない?」


 していた。

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