第13話 春昼のざわめきと、ほどけない強がり 1
月曜の朝は、金曜より少しだけ教室がうるさい。週末に何をしたとか、どこへ行ったとか、そんな話があちこちで始まっている。俺にはあまり関係がない。
席に着いてしまえば、あとは授業が始まるまで静かにしていればいい。そう思って鞄を机の横へ掛けたところで、聞き慣れてきた声が飛んできた。
「おはよ、神崎」
顔を上げる。柚木が少し離れたところに立っていた。
香水は金曜と変わらない。距離も。
「おはよう」
「今日は変な紙持ってないんだ」
「朝から拾う予定はない」
「予定で拾うものじゃないでしょ」
その程度の挨拶だった。
「玲奈、聞いて。莉愛が昨日さ――」
「ちょっと優花、それ言う?」
後ろから水瀬と小坂の声が重なる。
「何したの?」
柚木はすぐそちらへ向き直った。俺の前に残る理由もないらしい。
「違うからね? 優花が盛ってるから」
「まだ何も言ってないけど」
「言おうとしてたじゃん!」
「はいはい。で、何があったの?」
三人の声が、そのまま教室のざわめきへ混ざっていく。俺も教科書を机へ入れた。金曜に作法室まで来たからといって、月曜から何かが大きく変わるわけではない。
話せば話す。用が終われば戻る。そのくらいがちょうどよかった。
二時間目は、授業の途中で机を動かすことになった。教師が配ったプリントを使って、数人ずつで一つのまとめを作るらしい。文章を読んで要点を拾い、最後に班として一つの形へ整える。
面倒ではあるが、内容自体は難しくない。俺は遠山たちと机を寄せた。柚木は二つ前の列で、水瀬と小坂、それにもう一人の男子と同じ班になっている。
近くはない。それでも教室全体が一斉に話し始めれば、声は届く。
「これ、最初に結論持ってきた方がよくない?」
聞こえたのは柚木の声だった。俺は自分のプリントへ視線を落としたまま、遠山が指した箇所へ線を引く。
「何で?」
水瀬が聞く。
「その方が何の話か先に分かるじゃん。あたしはこっちの方が好き」
「えー、私は最後がいい。先に理由並べて、最後にこれですって出す方がまとまって見えない?」
「それもありだね」
返事は早かった。
「じゃ、途中のここもうちょい短くすれば、最後でも重くならないかも」
「それ。ここ長くない?」
「長い。優花、これ削ってよくない?」
「私に聞くの?」
「だってさっきから一番ちゃんと本文見てるし」
「玲奈たちが喋ってるからでしょ」
「役割分担です」
「今決めたよね?」
小坂の声に、水瀬が笑った。柚木も笑っている。俺の方では、遠山がプリントの余白に何かを書いていた。
「神崎、これ二個目いらなくね?」
「一個目とほぼ同じだから、なくていいと思う」
「だよな。じゃ消す」
自分の班も進める。その合間に、少し前からまた声が聞こえた。
「でもこれ、例はこっち使った方が分かりやすくない?」
今度も柚木からだった。誰かに意見を求められたわけじゃない。思ったから言った。
少なくとも、そう見える。今は、水瀬が反対の案を出しても、自分の考えを消したりはしない。小坂に突っ込まれれば返す。
班の一人として喋っている。少なくとも、今のところ余分な調整は見えない。
「神崎」
「何」
「手止まってる」
遠山に言われて手元を見る。本当に止まっていた。
「悪い」
「珍し。お前でもぼーっとすんだな」
「する」
「そうなんだ」
遠山はそれ以上気にせず、自分のプリントへ戻った。俺も同じように戻る。柚木を見るための授業じゃない。
しばらくして、班ごとにまとめを一つへ絞る時間になった。今まで出した案を全部使えるわけではないらしい。俺たちの班でも二つほど候補を落とした。
前の方でも似た話をしている。
「じゃ、結局どっちにする?」
小坂の声がした。
「私は最後に結論の方がいい」
水瀬が言う。
「俺もそっちかな。理由から読んだ方が自然な気がする」
もう一人も続いた。
少しだけ間が空く。柚木は最初、先に結論を置きたいと言っていた。
「んー」
考える声。
「じゃ、そっちでいこっか」
あっさりしていた。水瀬が何か言うより先に、柚木が続ける。
「あたしは最初にある方が好きだけど、今の並べ方なら最後でも分かりやすいし」
最初の好みをなかったことにはしない。
「じゃあここ、さっき玲奈が言ってたみたいに短くする?」
小坂が聞く。
「うん。それやった方が最後きれいじゃない?」
「じゃ、そこ玲奈お願い」
「了解」
班の作業はそのまま先へ進んだ。
最初に言った好みは残ったまま、柚木は自分の作業へ戻った。
数分後には、
「ちょっと待って、そこ文字小さくない?」
「入んないんだから仕方ないじゃん」
「莉愛がさっき余白使いすぎたんでしょ」
「え、私?」
「犯人いた」
「玲奈も書いたじゃん!」
と、もう別の話で笑っている。香水の輪郭も変わらずそこにある。少なくとも、自分の希望が通らないこと自体が、あそこまでの調整を起こしているわけじゃない。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。教室のあちこちで机が元へ戻される。俺も自分の席を直していると、前を通りかかった柚木がこちらを見た。
「神崎んとこ、静かだったね」
「遠山が喋ってた」
「それ神崎が喋ってないだけじゃん」
「必要な分は喋った」
「はいはい」
柚木は笑って、そのまま水瀬たちの方へ戻っていった。呼び止める理由はない。俺も席に座る。
今の共同作業は、余分な調整なしで終わった。




