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第8話 無言が一番うるさいです

舞踏会の翌日。


私は——

(……筋肉痛です)


「ナターシャ、動きがぎこちないわ」


「気のせいではございません」


「でしょうね」


お嬢様は優雅にお茶を飲み——

カップを傾けました。


「危ないです」

私は即座に支えます。


完璧です。

……ですが。

(昨日より反応が遅い)

自覚がありました。


疲労です。

明確に。


「ナターシャ」


「はい」


「無理していない?」


「しておりません」

反射です。


「そう」

お嬢様はそれ以上は言いませんでした。


ですが。

(見抜かれてはいませんね)


——その時。


「失礼します」

扉がノックされました。


入ってきたのは。

「……レオン様?」

昨日の騎士でした。


「アーヴィン様より伝言です」


簡潔に。

「本日の午後、庭園にて打ち合わせを行うとのこと」


「打ち合わせ、でございますか」


「はい」


一拍置いて。

「あなたも来てください」


「私も?」


「補助要員として」

(嫌な予感しかしません)


——庭園。

昨日とは違い、穏やかな昼の空気。


ですが。

(戦場ですね)

理解しました。

なぜなら。


「マリアーナ嬢」


「アーヴィン様……!」


——実質、デートだからです。

(なるほど)

つまり私は。

“事故防止兼空気調整係”。


そして。


「レオン」


「はい」

彼は自然に、少し離れた位置へ。


(同じ役割ですね)

一瞬で理解しました。


——そして。

始まりました。


「こちらへどうぞ」

アーヴィン様が席を引きます。


その瞬間。

(裾、引っかかります)

私が動く前に。


すっと。

椅子の位置が微調整されました。


「……」

レオンでした。

無言で。


完全に

(…被った)

お嬢様は何事もなく着席。

事故なし。

完璧です。

「……」


「……」

一瞬、レオンと視線が合いました。


(今の、私がやる予定でした)

そう言いたい。


ですが。

(結果は同じですね)

何も言いませんでした。


「このお茶、とても良い香りですね」


「ええ、最近入ったものです」

穏やかな会話。


順調です。


ですが。

(カップの位置、危険です)

少し外側。

腕が触れれば落ちる角度。


私は動こうとして——

止まりました。


既に。

カップの位置が直っていたからです。


(……また)


レオン。

無言。

最短動作。


「……」


「……」

再び、視線が合います。


今度は。

ほんの僅かに。

レオンが頷きました。


(共有された)

判断が。


「ナターシャ、このお菓子」


「はい」


お嬢様が手を伸ばし——

(落とします)

確信。


ですが今回は。

私が皿を寄せる。

同時に。

レオンが下から受ける位置に移動。


ポロ。

——落ちませんでした。


「……あら?」


「問題ございません」

私は微笑みました。


内心。

(何ですか今の)

完璧すぎました。


打ち合わせなし。

視線なし。

合図なし。


(怖い)


「……」

レオンが小さく息を吐きました。

珍しく

わずかに。


「効率がいい」

ぽつりと。


「……同感です」

私も返しました。


その後も。

異常は続きます。


歩けば障害が消え、

座れば環境が整い、

動けば結果が最適化される。


しかも。

無言で。


「……ナターシャ」


「はい」


「今日、すごく楽だわ」

お嬢様が言いました。


穏やかに。

安心した顔で。


(それは)

当然です。

(処理役が二人いますので)


「……」


ふと。

レオンの方を見ました。

彼も、同じタイミングでこちらを見ていました。


「……」


「……」

少しだけ。

沈黙。


ですが。

嫌ではありませんでした。


(むしろ、楽です)


「レオン」

アーヴィン様が呼びます。


「どう思う」


「問題ありません。極めて安定しています」

そして一瞬。

こちらを見て。


「ただし」


「……?」


「一人でなくなった分、です」

それだけ言いました。


(……)

意味は、分かりました。


帰り道。

「ナターシャ」


「はい」


「今日、転ばなかったわ」


「はい」


「すごいことよね」


「はい」

……本当に。


「ありがとう」

お嬢様が微笑みます。


「いえ」

私は少しだけ考えて。


「本日は、私一人ではございませんでしたので」

そう答えました。


その少し後ろ。

「……」

レオンが、静かに歩いていました。


そして。

小さく。

本当に小さく。


「……無理が減る」

そう呟きました。

誰にも聞こえないくらいの声で。


(……この人)

私は思いました。

(厄介ですね)


なぜなら。

(楽になってしまいます)

 この人がいると。


——そしてそれは。


今までの自分には、なかった感覚でした。

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