第7話 効率のいい人間が現れました
舞踏会も終盤。
私はいつものように、戦場の後処理をしていました。
(カップ三つ、皿二枚、転倒未遂五回……本日は軽傷ですね)
「ナターシャ」
「はい、お嬢様」
「足が言うことを聞かないわ」
「元からでございます」
「ひどい」
事実です。
ですが軽口を叩ける程度には、今日は順調でした。
(アーヴィン様もいらっしゃるし……流れは悪くない)
そう思った、その時です。
「——そこ、動かないでください」
低く、落ち着いた声。
初めて聞く声でした。
「……はい?」
振り向くと。
そこには一人の青年が立っていました。
騎士服。
無駄のない立ち姿。
視線は鋭く——そして。
(……疲れてる?)
一瞬でそう感じました。
自分と同じ種類の疲労です。
⸻
「次に右へ一歩出ると、テーブルに接触します」
「……え?」
「そしてその反動で、後ろのグラスが落ちます」
「……」
私は一歩、右に出かけて。
止まりました。
——見れば。
本当に、絶妙な位置にテーブル。
(危なっ)
「……ありがとうございます」
「礼は不要です」
「事故は未然に防ぐべきですので」
(合理主義)
一瞬で理解しました。
「レオン」
背後から声。
アーヴィン様でした。
「こちらにいたか」
「はい」
青年——レオンは一礼します。
「周辺の危険要因を確認していました」
「舞踏会だぞ?」
「だからです」
ためらいがありません。
(この人、強い)
⸻
「紹介しよう」
アーヴィン様がこちらを見ます。
「こちらはレオン・ヴァルツ。私の補佐だ」
「ナターシャでございます」
軽く礼。
レオンは一瞬だけこちらを見て——
「……」
黙りました。
(何ですか)
その沈黙。
⸻
「あなたは過労で倒れるタイプです」
「初対面で何を」
反射で返しました。
「否定は?」
「……しませんが」
「では事実です」
即断。
容赦なし。
(この人、正論で刺してくる)
「作業量と負担が釣り合っていません」
「……」
「現在も、周囲の状況を処理しながら会話をしていますね」
「……」
「効率は高いですが、持続性がありません」
「……」
「倒れます」
「断定しないでください」
一瞬、沈黙。
そしてアーヴィン様が小さく笑いました。
「レオン、それくらいにしておけ」
「事実ですので」
「それでもだ」
少しだけ、肩をすくめるレオン。
ですが。
(見られてる)
完全に見抜かれていました。
⸻
「ナターシャ!」
その時。
「ケーキが落ちたわ!」
「今行きます!!」
私は即座に反転。
走り出して——
止まりました。
「……」
視界の端。
倒れかけたトレイ。
滑る床。
崩れるバランス。
(間に合わない)
そう判断した瞬間。
すっと。
横から手が伸びました。
無駄のない動きで。
トレイを支え、
皿を戻し、
位置を修正。
「……え?」
私は固まりました。
完全に。
「処理しました」
隣で、レオンが淡々と言いました。
「次は左側です。水差しが危険です」
「……はい」
思わず従いました。
——その後。
数分間。
言葉はほとんどありませんでした。
ですが。
私は皿を受け、
レオンが配置を整え、
私はお嬢様を支え、
レオンが障害を排除する。
(何これ)
噛み合いすぎていました。
異様なほどに。
「……」
「……」
作業が一段落し。
私は小さく息を吐きました。
「……助かりました」
「当然の動きです」
レオンは変わらず無表情。
ですが
「あなたも」
一瞬だけこちらを見て。
「無駄がなく、良い判断でした」
それは。
初めての評価でした。
「……どうも」
少しだけ、言葉が遅れました。
(褒められた……?)
珍しい感覚でした。
「ですが」
レオンは続けます。
「一人で処理しすぎです」
「……」
「分散すべきです」
「現状、それが難しいのです」
「なら改善が必要です」
(この人……)
⸻
「ナターシャー!」
「はい!」
「また転びそうよ!」
「“また”じゃありません!」
私は即座に駆け出します。
その背後で。
レオンがぽつりと呟きました。
「……典型的です」
そして。
ゆっくりと歩きながら。
小さく。
「放っておけない人間は、厄介だ」
その声はどこか
自分自身に向けているようにも聞こえました。




