第6話 完璧な令嬢は優雅に現れます
舞踏会も中盤に差し掛かった頃。
——その方は現れました。
「……ナターシャ」
「はい」
「今、何か“違うもの”を感じたのだけれど」
「はい、正解でございます」
私は小さく息を吐きました。
空気が、変わったのです。
ざわめきが、一段落ち着いて。
視線が、自然と一点に集まる。
それほどの存在感。
「……あの方ですか」
お嬢様の視線の先。
そこにいたのは——
完璧な令嬢でした。
無駄のない所作。
一分の隙もないドレスの着こなし。
静かに微笑むその姿は、まるで一枚の絵画のようで。
——完成されている。
「……綺麗ね」
「はい」
お嬢様がぽつりと呟きました。
それは、素直な感想でした。
嫉妬でも、張り合いでもなく。
ただ純粋に。
「……私とは違うわね」
「方向性が異なるだけでございます」
「慰めになっていないわ」
「事実でございます」
私は淡々と言いました。
実際、その通りです。
あちらは“完成された美”。
こちらは——
(予測不能な美)
別ジャンルです。
⸻
「エレノア様」
誰かがその名を呼びました。
——エレノア。
それが彼女の名でした。
(覚えました)
危険度が高そうですので。
周囲の令息たちが自然と集まり、会話が始まります。
淀みなく、流れるように。
言葉選びも、間も、すべてが完璧。
(隙がない)
正直に思いました。
これは強いです。
⸻
「マリアーナ嬢」
声をかけられました。
先ほどのお茶会にもいた令息です。
「よろしければ、少しお話でも」
「え、ええ……」
お嬢様が一歩踏み出し——
私は即座に横へ。
(守ります)
ですが今回は。
転びませんでした。
(成長……?)
一瞬だけ感動しました。
ですが甘かったです。
「その……今日は良い夜ですね」
「はい、とても……」
会話が、少しぎこちない。
間が、空きます。
そして。
「……」
「……」
止まりました。
(ああ)
私は理解しました。
これです。
これが——これも?
(“モテない理由”)
美しさは十分。
ですが会話が続かない。
自分から広げられない。
結果、印象が“薄くなる”。
——その時です。
「よろしければ、私もご一緒しても?」
滑らかな声。
振り向くと。
そこにはエレノア様が立っていました。
「ご挨拶が遅れました」
優雅に一礼。
「エレノアと申します」
「ラファーム侯爵家のマリアーナです」
お嬢様も返します。
……少しだけ、緊張しています。
「お噂はかねがね」
「……そうなのですか?」
「ええ、とても美しい方だと」
「……っ」
お嬢様の頬が、少し赤くなりました。
(正面から来ましたね)
しかも嫌味がない。
純粋な賛辞として成立しています。
上手いです。
非常に。
会話が始まります。
主導はエレノア様。
ですが自然に、お嬢様にも話を振る。
話題選びも絶妙。
無理なく、違和感なく。
(完璧ですね)
私は内心で評価しました。
その結果——
会話が、成立している。
お嬢様が、ちゃんと話せている。
(これは……)
強いです。
味方なら最強。
敵なら最悪。
「先ほど、踊られていましたね」
エレノア様が言いました。
「はい……」
「とても楽しそうでした」
「……え?」
お嬢様が目を瞬かせます。
「そう、見えましたか?」
「ええ」
エレノア様は微笑みました。
「技術よりも、そちらの方が印象に残ります」
——一瞬。
空気が止まりました。
(今のは)
褒めています。
ですが同時に。
(“違い”も示しています)
技術では劣る。
けれど。
別の価値がある。
そういう言い方。
巧妙です。
「ありがとうございます……!」
お嬢様は、素直にそう言いました。
嬉しそうに。
その笑顔は。
先ほどの“完璧な美しさ”とは違って。
少しだけ崩れていて。
でも。
(……いい)
思いました。
はっきりと。
(こっちの方が、好きですね)
⸻
「マリアーナ嬢」
そこへ。
「私と一曲いかがですか」
アーヴィン様が現れました。
(来ました)
完璧なタイミングです。
エレノア様の視線が、一瞬だけそちらへ向きます。
ほんのわずかに。
ですが確かに。
(見ましたね)
「はい……!」
お嬢様が頷きます。
そして一歩——
踏み出して。
裾を踏みました。
「危ない」
アーヴィン様が支えます。
完全に流れる動作。
もはや様式美です。
「す、すみません……!」
「問題ありません」
そしてそのまま。
自然にエスコート。
ダンスフロアへ。
残された私とエレノア様。
静かな間。
「……面白い方ですね」
エレノア様が、ぽつりと呟きました。
「はい」
私は頷きました。
「退屈しません」
「そうでしょうね」
わずかに笑み。
ですが。
その目は。
どこか観察するようで。
(この方)
ただの“完璧”ではありません。
人をちゃんと見ています。
「あなた」
視線が、こちらに向きました。
「侍女の方ね」
「ナターシャと申します」
「優秀そうね」
「過大評価でございます」
「いいえ、あなたがいるからあの方は成立している」
——断言。
(見抜かれていますね)
完全に。
「ですが」
エレノア様は続けます。
「いずれ崩れますよ」
「……何がでしょう」
「バランスです」
静かな声で。
「一人で支え続ける関係は、長くは持ちません」
私は、少しだけ目を細めました。
「ご忠告ありがとうございます」
「ええ」
微笑み。
それ以上は何も言いません。
ですが。
(覚えておきましょう)
この言葉は。
きっと。
無視できないものです。
⸻
ダンスフロア。
お嬢様はまた少しぎこちなく。
でも。
楽しそうに笑っていました。
アーヴィン様も、同じように。
「……やはり」
私は小さく呟きます。
「勝てますね」
「何にかしら」
「いえ、独り言でございます」
エレノア様は、それ以上は聞きませんでした。
ただ。
もう一度だけ。
ダンスフロアを見て。
「……さて」
くるりと踵を返します。
「またお会いしましょう」
「はい」
私は一礼しました。
その背中を見送りながら。
(敵ではありませんね)
そう思いました。
少なくとも、今は。
ですが。
(油断もできません)
あの方はきっと。
——簡単には、こちら側には来ない。
⸻
「ナターシャー!」
遠くから声。
嫌な予感しかしません。
「はい!」
駆け寄ると。
そこには。
床に座り込んだお嬢様。
「転びました」
「見ればわかります」
「今回は自分の力だけで5歩も持ったわ」
「記録更新です」
私は即座に立たせました。
完璧です。
その様子を。
少し離れた場所から。
エレノア様が見ていました。
そして。
ほんのわずかに。
——笑いました。
(さて)
私は思います。
(さらに面白くなってきましたね)
——舞踏会は。
まだ、終わりません。




