第5話 庭園はチャンスで罠です
舞踏会の喧騒から、少し離れた場所。
夜風が心地よい、庭園の一角。
「……静かね」
「はい。ですので今が好機でございます」
「何の?」
「何の、ではございません」
私は真顔で言いました。
お嬢様——マリアーナ様は、きょとんとしています。
(ここまで来てまだ分からないのですか!?)
「アーヴィン様との会話でございます」
「あ、ああ……!」
ようやく理解しました。
遅いです。
「今なら人目も少なく、雰囲気も申し分ありません」
「雰囲気……」
「はい、告白に最適です」
「こ、告白!?」
声が裏返りました。
大きいです。
「お静かに」
「む、無理よナターシャ……!」
「無理ではありません」
「無理よ!」
「ではなぜここまで来たのですか」
「連れてこられたからよ」
「そうでした」
私です。
連れてきたのは私でした。
⸻
「ナターシャ……本当に言わないといけないの?」
「いけない、ではなく“言いたい”のでは?」
「……っ」
お嬢様の頬が赤くなります。
わかりやすいです。
とても、非常に。
「……好き、なのよ?」
「存じております」
「いつからかしら」
「ダンスの途中で確定しました」
「そんなにはっきり!?」
「はい」
断言しました。
あれは誰が見てもそうです。
「ですが、言わなければ伝わりません」
「伝わっていそうな気もするのだけれど……」
「確信は別です」
私はきっぱり言いました。
お嬢様はしばらく黙り込み。
「……頑張るわ」
小さく、そう言いました。
(よし)
私は一歩下がります。
「では私はこの辺りで」
「どこへ行くの?」
「“たまたま近くにいる侍女”になります」
「遠いわ」
「近すぎてもいけません」
そう言って、木陰へ。
——ここからは。
(お嬢様次第です)
⸻
しばらくして。
「マリアーナ嬢」
来ました、アーヴィン様です。
(完璧な流れ……!)
「少し風に当たろうと思いまして」
「奇遇ですね、私もです」
(嘘ですけどね)
誘導しましたので。
ですが問題ありません。
結果が全てです。
⸻
二人は並んで歩きます。
少し距離があって。
でも遠すぎない距離。
(いいです……非常にいいです……)
私は木陰から見守ります。
完全に不審者ですが、気にしません。
「先ほどのダンス、とても楽しかったです」
アーヴィン様が言いました。
「わ、私も……!」
お嬢様、声が少し上ずっています。
ですがいい流れです。
「その……」
来ました。告白導入です。
(今です!!)
「今日のケーキ、美味しかったですね」
(なぜですか)
私は思わず空を仰ぎました。
違います。
話題が違います。
「ええ、美味しかったですね」
アーヴィン様、乗りました。
優しいです。
優しすぎます。
(違う、そうじゃない)
「その……ええと……」
お嬢様、迷子です。
完全に迷子です。
ですが。
「……本当は」
声が少しだけ、真剣になりました。
(来た……!)
「私——」
その瞬間。
ひらり。
何かが飛びました。
「きゃっ!?」
お嬢様が飛び退きます。
(何ですか今の)
——虫でした。
小さな夜の虫です。
(よりによって今!?)
お嬢様はバランスを崩し。
そのまま。
すべり——
「危ない」
アーヴィン様が、抱き止めました。
静止、完全に。
時間が止まったような空気。
(これはこれで強い)
距離が近いです。
非常に。
「だ、大丈夫ですか」
「は、はい……!」
お嬢様、顔が真っ赤です。
耳まで。
「……すみません」
「いえ」
アーヴィン様は、少しだけ笑って。
「賑やかでいいと思います」
「よ、よく言われます……」
「そうでしょうね」
断言されました。
ですが空気は柔らかいままです。
⸻
「先ほど、何かおっしゃりかけましたね」
アーヴィン様が、静かに言いました。
(フォロー完璧)
お嬢様は一瞬固まり。
「い、いえ……!」
逃げました。
(ああああああああ!!)
「大したことではなくて……その……」
「そうですか」
アーヴィン様は、それ以上は追いません。
優しいですが。
(今は押してください!!)
内心で叫びました。
少しの沈黙。
ですが気まずくはなくて。
「またお会いできますか」
アーヴィン様が言いました。
「……はい」
お嬢様は、今度はしっかり頷きました。
それだけで。
(まあ、良しとしましょう)
完全成功ではありません。
ですが。
(前進はしています)
その時。
私が一歩動こうとした瞬間。
枝に足を取られました。
「——っ」
ガサッ。
音がしました。
してしまいました。
二人が振り向きます。
「ナターシャ?」
「たまたま近くにいる侍女でございます」
「今来たわね?」
「偶然でございます」
「ずっといたでしょう」
「…否定はしません」
「ナターシャ……」
お嬢様が小声で言います。
「言えなかったわ」
「存じております」
「どうしましょう」
「次がございます」
「あるの?」
「作ります」
断言しました。
任せてください。
アーヴィン様は、その様子を見て。
少しだけ笑いました。
「本当に、いい侍女ですね」
「現実的なだけでございます」
「そうでしょうか」
その視線が、一瞬だけ私に向けられます。
まるで。
何かを見透かすように。
(……この人)
やはり。
油断できません。
⸻
「ナターシャ」
「はい」
「戻りましょうか」
「かしこまりました」
一歩踏み出したお嬢様は——
何もない場所でつまずきました。
「どうしてですか!?」
「わからないわ!」
私は今回も即座に支えます。
今日は完璧です。
——ですが。
安心した瞬間。
頭上から。
ぽと。
葉っぱが落ちてきました。
「きゃっ」
お嬢様がまた跳ねて。
私は思いました。
(前途多難ですね)
ですが。
(楽しくなってきました)
——庭園は、やはり。
チャンスであり、罠でもありました。




