第16話 年の終わりは、賑やかで少しだけ優しい時間です
「年越しを、一緒に過ごしませんか」
——それは、アーヴィン様からの誘いでした。
「場所はラスタム公爵家で」
その一言で、すべてが決まりました。
「行きます」
お嬢様は即答です。
(予想通りです)
⸻
「ナターシャ」
「はい」
「年越しよ」
「はい」
「楽しみね」
「……ええ」
少しだけ。
ほんの少しだけ。
(私も、そう思っています)
⸻
——ラスタム公爵家。
夜。
雪が静かに降る中で。
屋敷は柔らかな灯りに包まれていました。
「ようこそ」
アーヴィン様が迎えます。
その隣には
「お待ちしておりました」
レオン。
(安定しています)
「こんばんは、アーヴィン様」
「お招きありがとうございます」
ダニエル様。
「楽しみにしていた」
マイク様。
そして。
「……失礼いたしますわ」
サテーラ様。
(来ましたね)
あの日の“敵性令嬢”。
ですが今は。
(少しだけ、違います)
視線は相変わらず鋭い。
けれど。
(完全な敵意ではありません)
「マリアーナ様」
「サテーラ様」
視線が交わり。
「今日はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
(平和です)
⸻
——会場。
広間には料理が並び。
暖炉の火が揺れています。
どこか、温かい空気。
(王宮とは違いますね)
⸻
「ナターシャ、この料理……」
お嬢様が手を伸ばし。
少し傾けました。
(危険)
私は皿を支えます。
「ありがとう」
「いえ」
自然な流れ。
(もはや呼吸です)
「……相変わらずだな」
マイク様が呟きます。
「ええ」
私は頷きました。
「ですが本日は安定しております」
「基準がおかしい」
(否定はしません)
食事は和やかに進みます。
会話が弾み。
笑いが生まれ。
サテーラ様も、少しだけ柔らかくなっていました。
「……これ、美味しいですわね」
「ええ」
お嬢様が頷きます。
「落とさないようにお気をつけて」
「言われなくても——」
ぽろり。
「……」
「……」
「……よくあります」
お嬢様が優しく言いました。
「ありませんわ!!」
元気です。
(安心しました)
——やがて。
音楽が流れ始めます。
「一曲、いかがですか」
アーヴィン様が手を差し出しました。
「……はい」
お嬢様は、少し照れながら頷きます。
ダンス。
最初の一歩。
——ほんのわずかにずれます。
ですが。
アーヴィン様が自然に修正。
(完璧です)
その姿を。
少し離れた場所から見守ります。
「……綺麗だな」
マイク様が呟きました。
「ああ」
ダニエル様も頷きます。
その通りです。
ぎこちなくても。
少しずれていても。
——楽しそうです。
(それが一番です)
「ナターシャ」
声。
振り向くと。
レオンが立っていました。
「……一曲」
「……え?」
一瞬、理解が遅れました。
「踊りますか」
(……)
「私が?」
「はい」
(侍女ですが)
(ですが)
「……承知いたしました」
手を取ります。
少しだけ、硬い手。
——ダンス。
一歩。
二歩。
(……)
驚きました。
(合わせやすい)
無駄がない。
正確でそして
(自然です)
「問題ありませんか」
レオンが低く言います。
「はい、とても安定しています」
「それは良かったです」
淡々とした会話。
ですが
(心地よい)
「……」
一瞬だけ。
沈黙。
「ナターシャ」
「はい」
「あなたは」
一拍。
「よくやっています」
(……)
言葉に詰まりました。
「……ありがとうございます」
それだけ、返します。
ダンスが終わり。
離れる瞬間。
ほんの少しだけ名残がありました。
(……不思議ですね)
——そして。
「そろそろです」
アーヴィン様が言いました。
連れ立って外へ、庭へ。
夜空。雪。
静寂。
「もうすぐ新しい年だ」
ダニエル様。
「早いですね」
マイク様。
「ええ」
サテーラ様。
⸻
「ナターシャ」
「はい」
「今年は、ありがとう」
お嬢様が、そう言いました。
(……)
一瞬、言葉が出ませんでした。
「こちらこそ、お仕えできて光栄でございました」
その時。
鐘の音が、遠くで響きました。
——新しい年。
「……来年も」
お嬢様が言います。
「よろしくね」
「はい、全力でお支えいたします」
⸻
その隣で。
アーヴィン様が微笑み。
レオンが静かに立ち。
ダニエル様とマイク様が言葉を交わし。
サテーラ様が少しだけ距離を縮める。
暖かい空気。
静かな時間。
(……いいですね)
私は思いました。
この場所が。この関係が。
少しずつ、積み重なっていることを。
——年の終わりは。
賑やかで。
そして。
少しだけ、優しい時間でした。




