第15話 王家の宴は、誰もが少しだけ本音になります
本日2話目です
「王宮からの招待状です」
——その一言で、屋敷の空気が一段変わりました。
⸻
「王家のパーティ?」
ダニエル様が眉を上げます。
「ああ。正式な晩餐会とのことだ」
侯爵様が淡々と告げました。
(来ましたね)
私は静かに息を吸います。
(ここは……最上位の社交場)
つまり。
(失敗の許容量が極端に低い場です)
「ナターシャ」
お嬢様が不安そうにこちらを見ました。
「私、大丈夫かしら」
「大丈夫ではありませんが、対応はいたします」
「慰めになっていないわ」
「事実でございます」
いつも通りです。
「私も同行する」
ダニエル様が言います。
「当然だな」
アーヴィン様も頷きました。
「護衛としてレオンも」
「了解しました」
短く返事。
(安定構成)
そして。
「……マイクも来るの?」
「興味があるからな」
軽く肩をすくめました。
(観察枠ですね)
⸻
——王宮。
大理石の床。
高い天井。
整然と並ぶ貴族たち。
その中央に。
「ようこそ、ラファーム侯爵家の皆様」
穏やかな声が響きました。
——第二王子。
王族特有の威圧感はある。
しかし、それ以上に。
(柔らかい)
その場にいる誰よりも、空気を和らげていました。
「堅苦しい挨拶は不要です」
王子は微笑みます。
「今日は“顔合わせ”のようなものですから」
(助かります)
⸻
「ラファーム侯爵家は相変わらずだな」
王子は軽く視線を向けました。
「噂はよく聞いています」
「……どの噂でしょうか」
ダニエル様が即座に返します。
「良い意味も悪い意味も、だ」
王子は笑いました。
(曖昧に濁しましたね)
「妹君のことも」
視線がマリアーナ様へ。
「はい?」
お嬢様、少し緊張。
「社交界で“よく動く令嬢”と」
「動きますわね」
即答しました。
(否定しません)
王子は小さく笑いました。
「正直で良い」
「こちらは?」
視線が私へ。
「侍女のナターシャでございます」
「……なるほど」
一拍。
「君が噂の」
「噂で済んでいることを願います」
「安心しろ。悪い噂ではない」
(本当でしょうか)
「そしてこちらは」
視線が移ります。
「ラスタム公爵家のアーヴィンです」
「お久しぶりです」
「レオン・ヴァルツです」
「ダニエル・ラファームです」
「マイクです」
(戦力過剰です)
⸻
「……相変わらず、良い面子だな」
王子は満足そうに頷きました。
「兄上が見たら羨ましがる」
「第一王子殿下は?」
「今は政務だ」
(納得です)
⸻
——晩餐会。
食事は静かに始まりました。
ですが。
「……」
お嬢様がフォークを持ち上げた瞬間。
(来ます)
私は視線だけで追います。
——が。
王子が先に気づきました。
「マリアーナ嬢」
「はい?」
「無理に丁寧にしなくていい」
「え?」
「この場で完璧な作法を競う必要はない」
(……おお)
「落とすなら落とせばいい」
「え」
「ただし、他人の皿にだけは落とさないように」
軽く笑いました。
(許容範囲が広い)
「……はい」
お嬢様が少し安心した顔になります。
(これは……いい誘導です)
「王子」
ダニエル様が言いました。
「その発言は問題では?」
「問題ない、ここは王宮だが戦場ではない」
(いい言い方です)
「それに」
王子は視線を回し。
「ここにいる連中は、もう少し肩の力を抜いた方がいい」
マイクが吹き出しました。
「完全に同意します」
⸻
——その後。
会話は自然に広がっていきました。
王子は場を回します。
誰かを否定しない。
誰かを追い詰めない。
(上手い)
気づけば。
緊張は薄れていました。
「アーヴィン」
王子が言います。
「お前は相変わらず“守りすぎる”な」
「仕事ですので」
「少しは崩せ」
「検討します」
(絶対しません)
「レオン」
「はい」
「真面目すぎる」
「恐縮です」
「褒めていない」
(容赦ないです)
「ダニエル」
「……はい、何でしょうか」
「お前は少しだけ優しすぎる」
「……そうですか」
(意外な評価)
そして。
「マリアーナ嬢」
「は、はい」
「そのままでいい」
「……え?」
「直す必要はない」
(核心です)
「君は君のままで十分だ」
静かに。
はっきりと。
お嬢様は一瞬固まり。
「……ありがとうございます」
小さく、そう言いました。
(珍しく素直です)
——その時。
「ナターシャ」
王子がこちらを見ました。
「はい」
「君は大変そうだな」
「よく言われます」
「だが」
少しだけ目を細め。
「楽しんでいるようにも見える」
(……)
即答できませんでした。
「それは」
少し考えて。
「否定できません」
王子は満足そうに笑いました。
「それなら結構」
——その後。
事件はありませんでした。
転倒も。事故も。
カップも無事。
(奇跡です)
「珍しいな」
マイクが呟きます。
「今日は平和だ」
「こういう日もある」
ダニエル様。
「王子のおかげかもしれませんね」
レオン。
(同意です)
⸻
帰り際。
「また来てくれ」
王子が言いました。
「次はもう少し気楽な場で」
「ありがたきお言葉」
ダニエル様が頭を下げます。
馬車へ向かう途中。
「……すごい方ね」
お嬢様が呟きました。
「懐が深い」
ダニエル様。
「全部見ているのに、全部許している」
レオン。
(確かに)
私は思いました。
(あの方が一番危険なのでは?)
——人を動かすという意味で。
そして。
「ナターシャ」
「はい」
「今日は転ばなかったわね」
「はい」
「珍しいわ」
「……同意いたします」
空を見上げると。
夜の王都が静かに輝いていました。
(平和な夜ほど)
(少し怖いものです)
——王家の宴は。
確かに穏やかで。
そして。
それぞれの距離を、少しだけ縮める夜でした。




