第12話 ピクニックは平和とは限りません
「ピクニックに行きませんか」
——それは、あまりにも自然な誘いでした。
「行きます」
お嬢様は即答しました。
(即断すぎます)
「場所は王都郊外の丘です」
アーヴィン様が続けます。
「景色も良く、人もそれほど多くない」
(管理された環境)
(障害物少なめ)
(逃げ場あり)
「……許容範囲でございます」
私は頷きました。
「レオンも同行する」
「了解しました」
背後で、短い返事。
(この時点で成功率が上がりました)
⸻
——当日。
青空。
穏やかな風。
広がる草原。
「……綺麗ね」
お嬢様が、ぽつりと呟きました。
(環境は完璧です)
問題は——
「足元にご注意を」
「わかっているわ」
三歩目でつまずきました。
「わかっていません」
「今のは風よ」
「無風でございます」
——通常運転です。
⸻
「こちらに」
アーヴィン様がシートを広げます。
手際が良すぎます。
配置。
日陰の位置。
風向き。
すべて計算済み。
(……完璧)
さらに。
「飲み物は冷やしてあります」
「まあ」
「食事は崩れにくいものを選びました」
(対マリアーナ仕様)
完成度が高すぎます。
「さすがです」
思わず口に出ました。
「君たちがいるからだ」
アーヴィン様は軽く笑います。
(この人も大概です)
——そして。
楽しい時間が、始まるはずでした。
⸻
「……あら」
声がしました。
(来ましたね)
振り向くと。
そこにいたのは——
「サテーラ・クリスファイと申しますわ」
完璧に整えられた令嬢。
笑顔は美しく——
(敵意が滲んでいます)
「マリアーナ様、こんな場所でお見かけするとは」
「ええ、ピクニックですの」
お嬢様、いつも通りです。
(危機感がありません)
⸻
「まあ……ずいぶんと“庶民的”な遊びを」
来ました。
典型的な入り方です。
「楽しいですわよ?」
お嬢様、にっこり。
(効いていません)
⸻
「そのような場所では、色々と“危険”も多いのでは?」
意味深な言い方。
(来ますね)
サテーラ様が、一歩踏み出し——
裾を踏みました。
「……え?」
ぐらり。
そして。
——転びました。
「大丈夫ですか!?」
お嬢様が即座に駆け寄ります。
(早い)
「今の、よくありますわよね」
「……は?」
「何もないのに、つまずくの」
(仲間認定されました)
「い、いえ私は——」
立ち上がろうとして。
また足を滑らせました。
「ほら、今のも」
お嬢様、優しく頷きます。
「大丈夫です、慣れます」
「慣れたくありませんわ!!」
叫びました。
非常に良い反応です。
「お怪我は?」
「な、ないですけれど……!」
その間にも。
サテーラ様のドレスの裾が、少し汚れています。
(自爆)
「こちらへどうぞ」
アーヴィン様が自然に席を示します。
「休まれた方がいい」
(逃げ道を塞ぎましたね)
⸻
「……失礼しますわ」
結局、座りました。
(完全に流れを持っていかれています)
——そして。
ピクニック再開。
「このサンドイッチ、とても食べやすいわ」
お嬢様が言いました。
「具材を固定しています」
アーヴィン様。
(対策が細かい)
「……」
サテーラ様も一口。
その瞬間。
具が、ぽろり。
「……」
(あ)
「大丈夫ですわ、よくあります」
お嬢様が優しくフォロー。
「……ありませんわよ!?」
否定しましたが。
もう遅いです。
(完全に“こちら側”です)
⸻
その後も。
お茶を少しこぼし。
果物を落とし。
その度に。
「わかりますわ」
「仲間ですね」
お嬢様が頷きます。
「違いますわ!!」
全力否定。
(ですが結果は同じです)
——気づけば。
嫌がらせは一切成立せず。
むしろ。
(被害側になっていますね)
「……失礼いたしますわ!」
ついに立ち上がり。
そして。
去り際に。
またつまずきました。
「お気をつけて!」
お嬢様が手を振ります。
「ありがとうございます!!」
なぜかお礼を言って去っていきました。
(……)
(何もできませんでしたね)
静寂。
そして。
「……賑やかでしたね」
アーヴィン様がぽつり。
「ええ」
私は頷きました。
⸻
その後は。
本当に穏やかな時間でした。
お嬢様は笑い。
アーヴィン様も柔らかく。
その距離は。
(確実に、近づいています)
そして。
「ナターシャ」
「はい」
少し離れた場所で。
レオンが声をかけました。
「こちらを」
差し出されたのは。
飲み物。
「……ありがとうございます」
受け取ります。
指先が、少しだけ触れて。
(……)
一瞬。
妙に意識しました。
「今日は」
レオンが言います。
「比較的、安定しています」
「外部要因が減っておりますので」
「それもあります」
一拍。
「もう一つ」
「……?」
「あなたが、無理をしていない」
(……)
言葉に詰まりました。
「……そうでしょうか」
「はい」
「効率が上がっています」
(やはりそこですか)
ですが。
「……悪くありませんね」
小さく、そう思いました。
少し離れた場所では。
「次はあちらを歩きませんか」
「はい!」
二人が並んで歩いています。
その距離は。
以前より、自然で。
(こちらも、進んでいますね)
風が吹きました。
穏やかで。
心地よくて。
(……いい日です)
——ピクニックは。
やはり戦場ではありましたが。
それ以上に。
少しだけ。
大切なものが進んだ日でもありました。




