第11話 お忍びは成功と失敗でできています
本日2話目です
「ナターシャ」
「はい」
「街に行きたいわ」
「却下でございます」
即答しました。
ほぼ反射です。
「どうして?」
「理由が多すぎて選べませんが、まず安全性の問題が——」
「お忍びで」
「却下でございます(二回目)」
ですが。
お嬢様はにっこりと微笑みました。
「ナターシャも一緒よ?」
(……)
「……詳細をお伺いしても?」
「許可は出たわ」
「出ているのですか」
「ええ、条件付きで」
嫌な予感がします。
非常に。
「“ナターシャ同伴なら”って」
(責任が重い)
ですが。
(断れませんね)
——こうして。
私たちは街へ出ることになりました。
数時間後。
「……」
「……」
私たちは。
完全に別人でした。
簡素なワンピース。
控えめな装飾。
髪もまとめて。
——どこにでもいる、普通の少女二人。
「どうかしら」
「……可愛らしいと思います」
「本当?」
「はい」
これは本心でした。
お嬢様は元々整っています。
飾らなくても。
(むしろこの方が自然です)
「ナターシャも可愛いわ」
「ありがとうございます」
……こちらも、最低限整えています。
十六歳相応に。
侍女ではなく、ただの少女として。
(……少し、落ち着きませんね)
——街。
賑やかな通り。
人の声。
店の呼び込み。
香ばしい匂い。
「……すごいわ」
お嬢様が、目を輝かせました。
「全部が新鮮ね」
「はい」
——その様子が。
(子供のようです)
少しだけ、笑ってしまいました。
■服屋「被害:軽微」
「見てナターシャ、このドレス!」
「お似合いでございます」
「本当!?」
問題はここからです。
「試着してもいいかしら」
「どうぞ」
店員が微笑みます。
(危険地帯です)
布。
裾。
狭い空間。
(全てが敵です)
——数分後。
「ナターシャ、後ろが……!」
「はい、少々お待ちを——」
裾が絡まり。腕が引っかかり。
「動けないわ」
「存じております」
ですが今回は。
倒れていません。
破れていません。
(勝ちです)
最終的に。
無事に一着購入。
「楽しいわ……!」
お嬢様が本当に嬉しそうに笑いました。
(これは……)
(良いですね)
■アクセサリー店「被害:一件買い上げ」
「綺麗……」
ショーケースを覗き込むお嬢様。
(ここは特に危険です)
小さい。
滑る。
割れる。
三重苦です。
「これ、つけてもいいかしら」
「慎重にお願いいたします」
店員がネックレスを差し出します。
その瞬間。
(落とします)
確信。
私は手を伸ばし——
カタン。
——落ちました。
「……あ」
「……」
静寂。
そして。
「申し訳ございません、こちら買い上げます」
私は即座に言いました。
「そんな、悪いわ」
「いいえ、悪いのは重力でございます」
「責任転嫁がすごいわね」
ですが無事解決です。
(想定内)
そして。
「似合うわね、ナターシャ」
「……はい?」
なぜか私につけられました。
「記念よ」
「どのような記念でしょうか」
「初めての“ちゃんとしたお買い物”」
——その言葉に。
「……そうですね」
少しだけ、笑ってしまいました。
■買い食い「成功率:五割」
「ナターシャ、あれ!」
「焼き菓子ですね」
「食べたいわ」
「予想通りでございます」
紙に包まれたそれを受け取り。
「いただきます」
一口。
「……美味しい!」
お嬢様の顔が、一気に明るくなりました。
(よかったですね)
ですが。
その次の一口で。
ポロ。
「……」
「……」
落ちました。
「半分は守りました」
「評価が甘いわ」
ですが。
もう半分は、ちゃんと食べられました。
(成功率五割)
上出来です。
その後も。
果物は三分の二成功。
串焼きは一本丸ごと成功(奇跡)。
飲み物は——
少しこぼれました。
(通常運転です)
「……楽しいわ」
ぽつりとお嬢様が言いました。
歩きながら。
少し疲れて。
でも。
とても満足そうに。
「全部、初めてなの」
その言葉に
「……そうでございますね」
私は頷きました。
完璧な令嬢としての生活では、こういうことは必要ない。
ですが。
(なくてもいいものと)
(あった方がいいものは違います)
「ナターシャ」
「はい」
「また来たいわ」
迷いのない声でした。
「……はい」
私は答えました。
「次は、もう少し成功率を上げましょう」
「今でも十分よ?」
「いいえ」
私は、少しだけ笑って。
「もっと楽しめます」
お嬢様は、少しだけ驚いた顔をして。
そして。
「ええ」
と、嬉しそうに頷きました。
帰り道。夕焼けの中。
私は、ふと思いました。
(……今日は)
(支える、だけではありませんでしたね)
一緒に笑って。
一緒に困って。
一緒に楽しんだ。
それは侍女として、ではなく。
(ただの、友人のような)
「ナターシャ」
「はい」
「さっきの焼き菓子、もう一度食べたいわ」
「次は落とさないでください」
「努力するわ」
(信用はしておりません)
ですが、そのやり取りがとても心地よくて。
(……悪くありません)
——お忍びは。
成功と失敗でできていました。
そして。
そのどちらも。
とても楽しいものでした。




