梅雨の「耳」トラブル、あるいは閉ざされた熱帯雨林
梅雨の「耳」トラブル、あるいは閉ざされた熱帯雨林
### 1. 執拗な「足」の動き
六月の下旬。降り続く雨が京都の石畳を濡らし、診察室の湿度は $80\%$ を超えています。
「先生、うちの『モカ』が、さっきからずっと耳を後ろ足で激しく掻いているんです。頭もブンブン振っていて……。耳の中を覗いてみたら、何だか黒い汚れがびっしりついていて、ツンとした独特の匂いがするんです」
アメリカン・コッカースパニエルのモカちゃんを連れてきた田中さんは、心配そうに彼女の大きな耳をめくりあげました。
### 2. 耳の中に広がる「悪循環」
「田中さん、これは典型的な**『外耳炎』**ですね。特にコッカーさんのような垂れ耳の子にとって、梅雨は一年で最も耳の環境が悪化する時期なんです」
* **密閉された空間:** 大きな耳介(耳たぶ)が蓋をすることで、耳道内の通気性がゼロになります。
* **マラセチアの逆襲:** 湿気と体温で耳の中が「サウナ」状態になると、常在菌である**マラセチア(真菌)**が爆発的に増殖します。
* **激しい痒みと痛み:** マラセチアが作り出す脂肪酸が粘膜を刺激し、激しい痒みを引き起こします。掻き壊すとそこから細菌感染も加わり、耳の穴が腫れて塞がってしまうこともあります。
### 3. 「綿棒」が傷口を広げる?
「汚れが気になって、綿棒でお掃除しちゃったんですけど……」という田中さんに、僕は優しくストップをかけました。
「お気持ちは分かりますが、ワンちゃんの耳の構造は『L字型』になっています。綿棒でいじると、汚れを奥へ押し込んでしまったり、繊細な粘膜を傷つけたりするリスクが高いんです」
1. **洗浄液の活用:** 専用の洗浄液を耳に入れて、耳の根元を「クチュクチュ」と揉み洗いします。その後、ワンちゃんが頭を振って(ブルブルして)汚れを弾き出すのが、最も安全で効果的な掃除方法です。
2. **「入り口」だけを拭く:** 指の届く範囲の汚れを、コットンやガーゼで優しく拭き取るだけで十分です。
3. **点耳薬の浸透:** 洗浄で汚れを落とした後に、炎症を抑えるお薬を滴下します。
### 4. 垂れ耳たちの「風通し」
「モカちゃん、少し楽になったかな?」
洗浄を終えたモカちゃんは、ようやく耳を掻くのを止め、僕の手をペロリと舐めてくれました。
「田中さん、お家では時々、耳をめくって『空気の入れ替え』をしてあげてください。寝ている時だけでも、耳をパタンと裏返しておくだけで、湿気のこもり方が全然違いますよ」
### 5. 湿り気の中の「聞き耳」
「先生、お疲れ様です。……この時期のコッカーさんやレトリバーさんは、みんな耳を振って入ってきますね」
河野が、洗浄後のモカちゃんの耳から出てきた「チョコのような汚れ」を顕微鏡で確認しながら言った。
「そうだね。耳の痛みや痒みは、僕たちが想像する以上に強いストレスなんだ。音が聞こえる大切な場所だからこそ、常に『爽やかな風』が通るようにしてあげたいよね」
窓の外では、さらに雨足が強まってきました。
「耳を掻く」「頭を振る」「耳が臭う」。
そんな小さなサインを逃さないことが、梅雨を健やかに乗り切るための第一歩です。
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