シニア猫の「隠れ関節炎」、あるいは静かなる抗い
シニア猫の「隠れ関節炎」、あるいは静かなる抗い
### 1. 「丸くなる」の裏側
二月の朝。診察室にやってきたのは、十六歳の三毛猫「ミケ」ちゃんと飼い主の田中さん。
「先生、うちの子、最近本当に動かなくて。ずっとこたつで丸まっているんです。年だし、寒いから仕方ないわよねって家族で話しているんですけど……」
田中さんは、ミケちゃんを愛おしそうに見つめていました。しかし、僕はミケちゃんの「寝相」と、キャリーから出る時の「躊躇」が気になりました。
### 2. 犬とは違う、猫の「痛み」の表現
「田中さん。猫は犬のように『キャン』と鳴いたり、足を顕著に引きずったりすることは稀です。彼らは痛みを隠す天才なんです」
近年の研究では、**12歳以上の猫の約90%に関節炎の疑いがある**と言われています。
* **高いところに登らなくなった:** 以前は一気に飛び乗っていた棚に、一度椅子を経由するようになった。
* **毛並みがバサバサになった:** 体を曲げて毛づくろいをするのが痛いため、背中側の手入れを諦めてしまう。
* **性格が気難しくなった:** 撫でようとすると嫌がるのは、触れられることで関節が響くからです。
### 3. 診察台の上の「硬直」
僕はミケちゃんの腰から後ろ足にかけて、指先で優しく触診しました。特定の筋肉がピクッと震え、関節の可動域が狭くなっているのが分かります。
「ミケちゃん、頑張ったね。……お母さん、彼女が動かないのは『怠けている』のではなく、一歩踏み出すたびに膝や腰に響く『重だるい痛み』と戦っているからかもしれません」
### 4. 暮らしを「低く、温かく」する工夫
「お薬(鎮痛剤やサプリメント)も有効ですが、冬の家の中でできる『バリアフリー化』が彼女の救いになります」
1. **「階段」の設置:** お気に入りの窓辺やソファに、踏み台やスロープを置いてください。ジャンプの衝撃をゼロにすることが最大の治療です。
2. **トイレの「入り口」を低く:** 猫トイレの縁をまたぐ動作は、関節炎の子には辛いもの。入り口をカットするか、段差の低いタイプに変えましょう。
3. **床の「グリップ」:** フローリングで足が滑ると、関節に余計な捻り負荷がかかります。よく歩く場所にだけ、滑り止めのマットを敷いてあげてください。
### 5. 動き出した春への一歩
「……トシだから、で片付けちゃいけなかったんですね。ミケがまた、窓辺で外を眺められるようにしてあげたいです」
田中さんは、ミケちゃんの背中を、痛くないように、ゆっくりと撫でました。
「先生、お疲れ様です。……猫の関節炎って、見つけるのが本当に難しいですね」
河野が、シニア猫用の「関節サポート」のサンプルを詰めながら言った。
「そうだね。だからこそ、僕たちは飼い主さんに『いつもと違う小さな変化』に気づいてもらうためのヒントを出し続けなきゃいけない。冬の寒さは、その隠れた痛みを教えてくれる鏡なんだ」
二週間後、田中さんから「ミケが自分から椅子に登って、日向ぼっこを始めました!」と電話がありました。
春はもうすぐそこ。痛みが和らげば、猫たちの世界はもっと広がるはずです。
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