七夕の誤飲騒動、あるいは見えない糸
七夕の誤飲騒動、あるいは見えない糸
### 1. 笹の葉に隠れた「罠」
七月七日、七夕の夜。京都の街角には、色とりどりの短冊を吊るした笹飾りが揺れていた。
「先生、助けてください! 猫の『ルル』が、短冊を結んでいた**『ビニール紐』**を飲み込んじゃったみたいなんです。最初はじゃれていただけなのに、気づいたら紐が口の奥に消えていって……!」
飼い主の佐々木さんが駆け込んできたのは、夜間診療の時間帯だった。ルルちゃんは一歳の遊び盛りの三毛猫。今はケロッとしているが、時折、何かが喉に詰まったように「カハッ」とえずいている。
### 2. 「線状異物」の恐ろしさ
「佐々木さん、飲み込んだのはどれくらいの長さですか?」
「……20センチくらいだと思います。ピンク色の、平たいビニール紐です」
僕の顔が険しくなる。ただの固形物なら、便と一緒に排泄されることもある。しかし、**「紐状のもの(線状異物)」**は、獣医が最も恐れる異物の一つだ。
「紐の一端が舌の付け根や胃の出口に引っかかると、もう一端が腸へと流れていきます。すると、動こうとする腸が紐に沿って『アコーディオン』のようにたわんでしまい、紐がノコギリのように腸壁を切り裂いてしまうんです」
### 3. レントゲンに映らない刺客
「すぐにレントゲンを撮りましょう。……でも、ビニール紐はレントゲンには映りません。腸の『重なり具合』や『ガスの溜まり方』から推測するしかないんです」
モニターを確認すると、小腸の一部が不自然に集まり、小さな山が連なっているのが見えた。
「……間違いない。腸がたわみ始めています。河野、内視鏡の準備だ。胃の中に残っていれば切らずに済むが、手遅れなら開腹手術になるぞ」
### 4. 胃の出口での攻防
内視鏡のカメラが、ルルちゃんの食道を通り胃の中へ入る。
「……あった!」
胃の出口(幽門)付近で、ドロドロになったフードに混じり、鮮やかなピンク色の紐がトグロを巻いていた。すでに先端は十二指腸へと吸い込まれようとしている。
「今なら間に合う。慎重に……ゆっくり引くんだ」
鉗子で紐の端をがっちりと掴む。一気に引けば腸を傷つける。数ミリずつ、抵抗を感じながら、絡まった糸を解くように引き戻していく。
ズルリ……。
モニターに、全長の $25\text{cm}$ ほどのビニール紐が姿を現した。
### 5. 願い事の代償
麻酔から覚めたルルちゃんは、何が起きたのか分かっていない様子で、僕の指を甘噛みしてきた。
「よかった……。先生、本当にありがとうございました。短冊に『健康に過ごせますように』って書いたばかりだったのに……」
佐々木さんは、回収されたピンク色の紐を見て、腰を抜かしたように椅子に座り込んだ。
「猫にとって、揺れる紐は獲物にしか見えませんから。七夕やクリスマス、お正月。季節の飾り付けには、必ずと言っていいほど『紐』が使われます。彼らの届く場所には、絶対に置かないでくださいね」
「先生、お疲れ様です。……願いを叶えるための紐が、命を奪いかけるなんて皮肉ですね」
河野が、内視鏡を洗浄しながらポツリと言った。
「そうだね。でも、飼い主さんの素早い判断が、ルルちゃんの明日を繋いだんだよ。それが何よりの『福』だ」
窓の外では、雨上がりの夜空に、微かに天の川が透けて見えていた。
どうか、この夜がすべての命にとって、穏やかなものでありますように。
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