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動物病院日誌   作者: じょんどぅ


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盆踊りの音響パニック、あるいは見えない砲撃

盆踊りの音響パニック、あるいは見えない砲撃


### 1. 平和な夜を切り裂く「音」

七月の上旬。京都の夜に「コンチキチン」と祇園囃子が聞こえ始める頃、近所の公園では盆踊りの練習が始まった。

人間にとっては心躍る太鼓の音だが、元保護犬の「ソラ」君にとっては、それは「世界の終わり」を告げる砲撃音でしかなかった。


「先生! ソラが、太鼓の音にパニックになって……。網戸を突き破って外に飛び出しちゃったんです! すぐに見つかったから良かったものの、足から血が出ていて……」


深夜、緊急連絡を受けて駆けつけた飼い主の高橋さんは、激しく動悸を打ちながらソラ君を抱きかかえていた。


### 2. 犬にとっての「重低音」

ソラ君の足裏には、網戸のサッシで切ったと思われる深い裂傷があった。しかし、怪我以上に深刻なのは、彼の精神状態だ。瞳孔は開き、よだれが止まらず、全身が小刻みに震えている。


「高橋さん。犬の聴覚は人間の数倍から数十倍鋭いですが、特にこうした『低く、響く音』は、彼らにとって本能的な恐怖を呼び起こします。野生の世界で重低音といえば、雷、地鳴り、あるいは巨大な捕食者の足音ですから」




特にソラ君のような元保護犬は、過去にどのような環境にいたか分かりません。工事現場の音や、暴力的な物音にトラウマを持っている場合、お祭りの太鼓は「過去の恐怖」を一気に引き出すトリガーになるんです。


### 3. パニック時の「トンネル視界」

「網戸を突き破ったのは、ソラ君が『逃走反応』の極限状態にあった証拠です。パニックになると、犬は目の前の壁や窓が認識できなくなり、ただ音から遠ざかるためだけに突き進んでしまいます。これを僕たちは**『パニック・フライト』**と呼びます」


僕はソラ君の傷を処置しながら、興奮を抑えるための鎮静剤を微量投与した。

「河野、保冷剤を。血圧が上がって体温も上昇している。まずは物理的に落ち着かせるんだ」




### 4. 祭りの季節を生き抜くために

「高橋さん。お祭りの期間中や、これからの花火シーズンは、三つの対策を徹底してください。

1. **脱走防止の『二重の壁』**:網戸だけでなく、必ず窓を閉め、ケージやクレートなど彼が一番安心できる『狭い場所』に避難させること。

2. **ホワイトノイズの活用**:テレビの音や換気扇の音を大きめにつけて、外の重低音を『かき消す』工夫を。

3. **薬の相談**:どうしてもパニックが止まらない場合は、あらかじめ抗不安薬を処方することも可能です。我慢させるのが一番の毒ですから」


### 5. 静寂を待ちわびて

一時間後、薬が効いてきたソラ君は、ようやく深い眠りに落ちた。

「先生、お疲れ様です。……人間が楽しんでいる裏で、こんなに苦しんでいる子がいるなんて、気づきませんでした」

河野が、血のついた床を静かに拭きながら呟いた。


「そうだね。文化と野生の折り合いをつけるのは難しい。でも、お父さんがすぐに抱きしめて連れてきてくれたから、ソラ君の心は壊れずに済んだんだよ」


窓の外からは、遠く微かに太鼓の音が続いていた。

その音が、ただの風の音に変わるまで。

僕たちは、怯える魂に寄り添う「盾」であり続けなければならない。


「さて、次は……。七夕の夜の異変。笹の葉の短冊の『紐』を飲み込んでしまった猫ちゃん。一本の糸が腸を切り裂く、線状異物の恐怖だ」


僕は、内視鏡のスコープを慎重に磨き上げた。


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