4.大転移 2
前回ヨースケとイオリが出てきた、木の中央がくりぬかれたような空洞があった場所からそう遠くないところ、ある岩と地面の間に大きな亀裂があった。
以前ユーキがロクハラから魔方陣を描き、不完全な術式であったがために出来た氷の亀裂だった。
氷が抜け落ち、ただの大きな亀裂となって、地上が見通せるような状態になっていた。
何処か入口がないか下から探っていた小型飛空挺が、たまたまその隙間から漏れ出る黄緑色の光をを見つけて侵入してきたところだった。
「きりりん! ス◯ーウォー◯じゃないんだから! ぶつかったらどうするのよ!」
「まぁまぁ、まきっぺ落ち着いて。私こう見えて、シューティングゲーム得意なのよ?」
「これ現実だから! ……多分」
我が子たちがいるという未知の空飛ぶ巨大構造物へ突撃しているという、非日常な試みに、現実なのだという自信が無くなりつつある真樹だった。
敵艦が出たら撃ち落とすというのがシューティングゲームの定番だが、残念なことにこの飛空挺にはそんな装備はない。
適当な着陸場所を見つけて降りることにした。
「球体のオブジェに手を掛ける上半身だけの石像。目印になりそうね」
そんな人工物の近くに降り立った桐葉と真樹は、石像は動かないものの、球体が動き出したことに腰を抜かしそうなほど驚いた。
「何これ!?」
「一匹仕留めたと思えば、今度はよく喚くのメスどもか。見ぬ顔だな? 今度はリゼットあたりの差し金か?」
球状のナベシマは、上半身だけの石像となったそれを器用に押し転がし、上にのし掛かって押し潰した。
「待って待って! まさかこんなすぐに危険地帯突入なの?」
「どうする?」
こそこそ相談し始める真樹と桐葉。
そもそも荒事とは無縁の二人だ。
後先考えず飛び出してきたというのが正直なところだった。
「ふむ。捨て置くか」
球体のナベシマの顔が、呆れたような表情になる。
「私はこういうものです。ここはあなたみたいなのが沢山いるのかしら?」
名刺を差し出す桐葉。
名刺には『αクロニクル事務所代表 溪村桐葉』と書かれていた。
「いや桐葉、あなたやっぱりアホなのかな?」
「ここはまず、自己紹介でしょ」
「あー……。わしはコンラッド・ナベシマという。その名刺、お主たちは転移者か」
毒気を抜かれたナベシマは、普通に自己紹介をして返してきた。
「これで名乗らないのも失礼? 私は鹿川真樹よ。私たちが転移者とわかるということは、あなたも? ナベシマさん」
「名前は日本人っぽいけれど、その丸い姿は遠隔操作のロボット? それとも中に操縦者がいるの?」
と桐葉。
「ふむ。かつては人の体を持っていたが、とある小僧に殺され、今は意識体だけだ」
「あー……それはお気の毒」
しみじみと呟く真樹。
「ということは、幽霊がロボットに宿ってるってこと?」
桐葉は自分の肩を抱くようにして、ブルッと身震いしている。
「ふはははは! 確かにそうとも言うな! 面白い。わしは怨霊というわけだ」
球体の中央のディスプレイが、どういう原理なのか球の円周を囲むように横長に広がった。
正確にはディスプレイではなくホログラムの投影装置だが、その枠部分が急激に回転を始める。
球体の地上に面している付近に、バチバチという激しい音と共に電磁場が発生し始めた。
「な、何?」
「おうおう、豪気だのー! わしも混ぜてくれや!」
「や、やべぇだろ~。ムリムリムリムリ!」
豪快な声と弱気な声が入り交じりながら、2台の3輪マシンが上空から現れた。
正確にはどちらもタイヤは横向きで、空中を走るホバークラフトのような感じだ。
「おめーらもちったぁ戦えるようになってるはずだ! ここは1人とは言わねぇ! 三位一体で活躍してこいや!」
すれ違いざまに背中を叩かれたのは、大きな狐の耳を持った元チンピラ、フックスだった。
言っているうちに、球体は徐々に上昇していき、次第にその下には岩や黒い砂がお互いに引き合いながら人型に近い形を成していった。
「あれ? 三位一体って、クラインとヴォルフは何処だ?」
「きゃあ! おじさんが馬にくっついてる!?」
遥か下方で、ふんわりしたウェーブの髪をした女性が悲鳴を上げた。
「きりりん! それモンスターっぽいよ! 一旦飛空挺に引き上げよう!」
悲鳴を上げた女性の服を引っ張りながら、同じくらいの年のショートカットの女性が叫ぶ。
「モンスターとは人聞きが悪いな。わしにはコンラッド・ナベシマという名前があるんだがなぁ」
人馬型のナベシマだった。
「え? さっきの幽霊ロボットと名前が同じだわ」
「量産型幽霊?」
真樹と桐葉は言いつつ逃げ始めた。
飛空挺に武器が積まれていたことを思い出したのだ。
「あー、もう逃げよう。サル爺にゃ悪いが俺たちには無理な案件だろ」
「今日だけで何回死にかけたと思ってんだ…」
ぶつぶつ言いながら亀裂を見つけてそこから下界に逃げ出そうとしていたヴォルフとクラインを見つけたフックス。
「お前ら抜け駆けすんなやー!」
猛スピードで二人のマシンの方へ発進するフックスは、たまたま桐葉と真樹の方へ走り出していた人馬型ナベシマをはね飛ばしてしまった。
飛ばされた先には既に大岩のゴーレムと化した球状ナベシマのアンバランスな胴体があり、その岩と岩の隙間に挟まった人馬型ナベシマは、そのぶつかり合いに巻き込まれ頭から砕け散った。
「あいたたた……」
フックスはぶつかった弾みでハンドル部分に頭をぶつけてまった。
「あ、有難う?」
あっけにとられる真樹。
その光景を見たあとの二人の馬鹿は、何故か対抗意識を燃やし始めた。
「お前だけ活躍とか許せなくねー?」
「ふざけんなよ! てめーより大物倒してくるわ!」
目の前の超巨大ゴーレムと化した球状ナベシマを眺めつつ、三馬鹿が次に何と戦うつもりでいるのか、サルファーは様子を見ていた。
巨大な岩の塊が浮遊していくのは、藁葺き屋根の集落を隔てて反対側の岩場からもはっきりと見えた。
そこから更に別方向へひと集落分くらい移動したあたりの渓谷で、円形の人工物と融合した滝付近からも同様だった。
ふわふわ茶トラ猫のカルマを鞄に入れてあげたクリスは、卵型の装置の奥にあった羽根付き飛行セグウェイ『ファーオール』に乗っていた。その後ろにはミシェルが無理やり乗って2人乗りになっている。
その後を自らの翼を広げて飛びながらついてくる三等兵ポロリ。
「ポロリ、こんなところで会うとは思わなかったな」
「そうでありますか? 自分は、王妃様も陛下も双子だったとは驚いたであります!」
「んー。クリスとミシェルはそれで合ってるが、俺の場合は違うな」
「ユーキ君は何かの手違いで二人に分かれたんだよ」
ミシェルが解説した。
「手違いというわけではないが、転送機による転送に例えると、元いた世界からの転移の際、何らかの作用で転送元と転送先に、同時に同じ人間がいる状態になってしまったようなものだ。それが、二つの時間軸に同時に転送されたような状態ということだ」
すらすらとユーキは話していくが、ポロリは分かってないのに頷いているのがありありと分かる間抜けな顔をしていた。
「ずいぶん詳しいね」
クリスの後ろでミシェルが言った。
「うん。そう考えるとつじつまが合うことに気づいた感じだ」
「ふーん。そういえばあたしさ、前にリトが言ってたナノマシン散布の件、一体誰がチンピラにやらせてたのかわからないんだけど、あれももう一人のユーキ君がやらせてたのかな?」
「それは違います」
意外なことにクリスが答えた。
「あれは前司令官ナベシマが率いた獣人軍の残党で、拡張現実をあの場でだけ起こしていたそうです。リグーリアさんからの受け売りですが」
「ナノマシンは嘘だったってこと?」
「いえ、拡張現実を引き起こすための散布は行っていたようです」
「闇の組織っていうのは、今の帝国だよね? 何か印象が違うんだけど、気のせい?」
「事務次官のセリムさんが、かなり勝手なことをやっていたようで、結局今は監禁されているそうです」
ミシェルが尋ね、クリスが説明役になっている。
帝国にいた期間にすっかり内情を把握していたらしい。
頭部への損傷をきっかけに起きた異常覚醒は、意識の混濁を不定期に引き起こしていた。
現カルマ帝国国王は、新生政府を起こそうとしていたところ意識を失い、鳥人の兵団長の中で唯一コンラッド・ナベシマの側近であったセリム・クラバロウに実権を奪われていた。
《転移開始!》
「えっ?」
突然、ポロリの胸の所に張り付け状態で括り付けられたエルブン人形が声を発した。
それに対し、ミシェルが素っ頓狂な声を上げた。
次の瞬間、それまでポロリ、ユーキ、ミシェル、クリスしかいなかった空域に、大量の鳥人兵と爬虫類兵が現われた。
その数五千余り。
実は爬虫類と鳥だけでなく、多少の獣人兵たちも加わっていた。
ゴーレムと化した球状ナベシマが暴れるエリアまであと少しという所まで来ていたので、兵団はリグーリアの指揮の元、一気にゴーレムへと突進していった。
兵団の主要武器、反粒子砲による岩の破壊は凄まじく、粉砕されたゴーレムは、今度は砂鉄と粉じんの混合体となって兵団を襲った。
視界を奪われ、陣形が崩れていく。
元の球体は反粒子砲によって破壊され、機械的な操作は出来ないはず。
物理的にはあり得ないような核のない状態での意識ある攻撃だった。
「どうなっている?! ステルス迷彩か?」
迷彩処理で姿を隠していると睨んだリグーリアは、「暗視グラスを付けよ!」と指示を出した。
各人兵達が帯状の黒い輪のようなものを頭部に付ける。眼前を覆うような状態となるが、誰ひとり粉じんの嵐となったナベシマの核らしきものを捉えきれずにいた。
そんな中、ポロリが遥か下方の木々の枝の隙間にから、本来の主が倒れているのを見つけた。
「陛下~!」
ポロリは思いのほか素早く国王ユーキの元へ降り立った。




