30、報い
30、その報い
できれば最初から……せめて、莉奈が器になる前に……
そう思い、目を開けた。するとそこは…………
牢屋の中だった。
「また牢の中かい!!」
何なんだ?俺は檻の中に入れられる最高記録でも狙ってんのか?
「おい!誰か!誰か~!」
すると、そこに来たのはルビーだった。
「下手に動かない方がいいよ」
という事は……ここはイグニス。イグニスの地下牢だ。もう、既に莉奈は器になった後だ……
「エメラルド!久しぶり!その牢はね、底が抜けて、マグマに落っこちるの~!」
俺はその場に崩れ落ちた。
この後、莉奈は拒絶の水を飲む。結局、過去に戻ったとしても何も変わらない。
俺は…………ここで、俺に何ができる?
「……ここから出せ!!」
「エメラルド?どうしたの?」
「ここから出せ言うとんや!!」
ルビーは俺の怒鳴り声に怯え、その体を強張らせた。
そこに莉奈が来るはずが、トパーズが来た。
「ここからは出せません」
「なんでや?」
「あなたには、ここでこの世界を造った報いを受けてもらいます」
報い?
トパーズは、俺達がこの世界を作った事によって、多くの人々が肉体を失い『purus aqua』によって魂が犠牲になったと言った。
だから……?それがなんだ?
「それはどんな報いや?」
「愛する者に拒絶される悲しみ、理解されぬ苦しみ……」
「その報いを受けて、何の意味がある?何が変わる?」
その報いは、結果的に俺への報いじゃない。何の罪もない莉奈が被っている。
どうすればいい?
俺は考えた。トパーズには交渉の余地が無い。何より交渉材料が何も無い。トパーズより有利なもの……考えろ……
ふと、トパーズの後ろに隠れたルビーが見えた。
それなら、標的を変える。狙うは、そこにいるルビーだ。
「よう聞け。ルビー、俺はお前が嫌いや」
「嫌い…………?どうして?」
「自己中で、我が儘で、嘘つきだからや」
トパーズが血相を変えてルビーに言った。
「そんな事はありません!ルビー様!ルビー様はとっても思いやりがあって正直者です!」
ルビーはショックを受けていた。
「あなた……どうしてこんな子供にそんな酷い事を言うんですか?最低!信じられない!」
最低。そんなもの十分に自覚している。
「このままここに入れ続けたら何度でも言ったるわ。この先、ルビーに対してずっとこの態度や。ええな?」
「そんな……」
「ルビー、お前に本当の事を言ったるわ!お前達は……嘘つきや!」
自分の望みを叶える手段に、善悪などもはやどうでも良かった。生憎、人に嫌われるスキルはいくらか持ち合わせている。
「俺を好き言うて、言う事聞かせようとする。本当は好きやのうて、支配したいだけや!俺はお前のままごと人形ちゃうわ!」
すると、ルビーは泣き出した。
「ルビー様!」
「まだ足りんか?」
「も、もうやめて!」
トパーズは慌てて牢の鍵を開けた。
「早くこの城から出て行って!」
俺はトパーズにしがみつき泣いていたルビーに言った。
「悪いな、ルビー。俺はもう、お前らの好いとってくれたエメラルドと違うんや。こんな男よりもっとええ奴見つけぇや」
「最低!!」
トパーズは俺に平手打ちをした。
痛みなど感じなかった。
俺は莉奈を救う為なら、最低でも悪者でも何にでもなる。
最初からこうするべきだった。俺は甘かった。その甘さが弱さだった。すぐに自分を見失い、周りに流される。それを周りのせいにし、自分自身の力で未来を変えて行こうとはしていなかった。
それではいけない。それでは何も守れない。それでは、本当に望むものを得る事はできない。
「莉奈!どこや?どこにおるんや?」
俺は城の中を探した。
「……ラル?」
その姿は、その笑顔は、あの時のままだった。
「どうしてここに?牢にいるはずじゃ……」
「今すぐここを出るぞ!悠希が来る!」
「お兄ちゃんが?ここに?ここ、イグニスの城だよ?」
この時の城や主要施設は、ほとんど厳戒体制だった。
「もし、お兄ちゃんがここに来るとして、どうして私がここにいるってわかるの?行くなら普通プルスじゃない?」
確かに……俺といるとわかれば、プルスに行くはずだ。それをイグニスに来たという事は……
「拒絶の水や。莉奈が拒絶の水を飲むと予想したんや。今すぐここから逃げるで!」
ここから一番近いセーブポイントはイグニスの王座の間。
いや、そこさえも予想されている気がする。
「歩いてイグニスを出る」
「歩いて?どこに逃げるの?」
「悠希が追いかけて来ん場所までや」
しかし、俺が腕を引いても莉奈はそこを動かなかった。
「どこまで逃げるの?逃げて、私は解放される?」
「でも、ここにいたら……」
世界が終わる。
「拒絶の水……」
「そんなもん意味無いわ……」
「どうして?」
悠希から逃げても何も解決しない。だが……
「悠希がそう言うたんや!……約束を守れって!お前が言うたんや!魂を飲むのがあんなに辛いと思わなかった……」
「それ……どうして?私、そんな事言って無い」
「俺はお前を信じとる。だから、今は俺を信じて欲しい」
『俺を信じて欲しい』
俺がそんな事を言うと思わなかった。今まで女に対して信用を失う事はしても、信じて欲しいなんて言った事など無かった。
「うん、わかった!ラルを信じる」
莉奈は笑顔でそう言った。その笑顔に、俺は少しホッとした。
だが、信じて欲しいと言った所で解決策は無い。
俺は莉奈にローブを被せ、その手を引いてイグニスを出た。とりあえず、智樹と合流するためにイグニスからプルスに向かった。途中の道中で遭遇する魔物は、今のレベルではその変の草木同然だった。
「お兄ちゃんが追いかけて来ない場所ってどこかな?異世界とか?」
「異世界…………?」
国境近くを移動している時に、ふと、死の神殿が近い事に気がついた。
「死の神殿に行ってみるか?」
「あそこは帰してくれるのは1度だけじゃないの?」
「1度だけやったら俺は2度目に智樹の体に入る事はできんかったはずや」
そうだ。俺は子供の頃、あそこから現実世界へ行った。1度きりというルールが厳密ならば、2度目はあり得ないはずだ。
「帰れる……?」
莉奈はそう言うと、堰を切ったように泣き出した。それは、今までの不安から解放され、やっと安心できたからだろう。
「そうや……もう、空腹に苦しむ事も無い。逃げ回る事もない。現実的世界で、家族と幸せに暮らせるんや」
本来、悠希も家族だ。莉奈にとっては、苦労してゲームの世界に来るほど……愛しい兄だ。
莉奈は俺じゃない。俺を選ばない。俺はたまたま、莉奈の勘違いに……勘違いしただけだ。
そう、自分に言い聞かせた。
「ラルは……?」
「俺は…………」
『一緒に行く』とは言え無かった。
俺がプルスの城に行っていなければ、智樹はモルスのヴィトロに入っていないはずだ。だから、莉奈と一緒に帰る事ができる。智樹が自分の体に入れば、俺の入る体は無い。
「ラル……でも、私だけ……」
「ええんや。お前の幸せが俺の幸せや。それで莉奈は助かる。この世界も救える」
俺達は強く抱き合った。
これが、一番の解決方法だ。これしか方法は無い。俺は……今度こそ、自分の手で莉奈を手離す。
それが、俺の受ける報いだ。
そう思い、死の神殿へ向かった。
途中、綺麗な夕焼けが見えた。プルスの大地を赤く染めあげていた。




