31、運命
31、運命
夕陽が落ち日が暮れた。辺りは真っ暗になり、身を隠して移動するのにちょうどいい時間になった。
歩き続けると、ふと、莉奈が足を止めた。
「大丈夫か?疲れたか?少し休むか?」
「疲れたりしないよ。私、HPゲージ減らないんだから……」
「そらそうやな……」
莉奈は時々辛そうな顔を見せるが、帰れると知ってからはその足取りは軽やかだった。
「あれ、綺麗だね」
莉奈は空の月を指差して言った。月は満月に近い大きさだった。今夜は月明かりの綺麗な夜だ。そうは言っても、ぼんやり月を眺めてはいられない。今はとにかく、悠希や莉奈を狙う輩に見つからずに死の神殿へたどり着く事を祈ろう。
「歩きだとやっぱり時間がかかるな。また馬に乗るか?」
「馬は絶対嫌」
以前馬に乗った時の事を、莉奈は相当根に持っているらしい。
「そういえば、さっちゃん元気かな~?」
「今回はあいつに会っとらんな。あいつは多分……あのぐうたらな姉の代わりに仕事してるやろ」
世界は今、混沌としている。情勢が不安定な時は、サファイアのようなお飾りではない王子は忙しい。俺は……お飾りの王子で、いてもいなくても同じだ。それに、そもそも今は冒険者だ。
途中に川があった。気分転換に川で顔を洗っていると……
「ラル」
莉奈は俺を呼ぶと、地面を見るように言った。
川のほとりが少し砂のようになっていて、そこに文字が書いてあった。
「これ……莉奈が書いたんか?」
「前にね、さっちゃんにこの世界の文字を教えてもらったの」
その地面には、木の枝でこう書かれていた。
『ありがとう』
「なんや……愛しとるやないんか」
「愛してるよ。でも、地面に書いても残らないから」
「言葉はもっと残らんわ」
俺がそう言うと、莉奈は下を向いた。
「そっか……残らないよね……」
残らない…………訳がないだろ。
「嘘や。ちゃんと残る。お前の言葉はちゃんと、全部俺の中に残っとる」
静かに流れる川には、月が映り込んでいた。その水面の月を眺めながら莉奈が呟いた。
「現実世界のラルって……どんな風なんだろうね」
「どんなんだったんやろうな?きっと醜い姿や。見た目が重要な莉奈には嫌われてまうわ」
「そんな事無いもん!最初からハードル下げておけば大丈夫だもん!デブとかハゲじゃなきゃ大丈夫だもん!」
「それ、全然フォローになっとらんわ!」
どんなラルでも好きだと言わないのが莉奈だ。そんな莉奈には、魂の姿なんて見せられたもんじゃない。
「そろそろ、先を急ぐで」
「えぇ~!これ以上速く歩けないよ」
辺りが白み始めた頃、その丘を越えると死の神殿へたどり着くという所まできた。
そこに、人影が見えた。
そう易々と帰してもらえるとは思っていなかったが……こうして目の前にすると……
その揺るぎない目に、思わず怖じ気づいた。その禍々しい雰囲気に、恐怖に体が震えた。
とうとう、悠希に見つかった。
この世界の裏ボス『冒険者YUK』が、俺達の前に立ちはだかった。
「エメラルド……莉奈を返してもらう」
「嫌とは言えんのやな?」
「嫌と言えば…………」
殺す。
そう言う前に烈火の如く攻撃が飛んで来た。
速く、そして重い一撃だった。俺はその一撃をなんとか剣で受けた。
「止めて!お兄ちゃん!もう『purus aqua』は諦めて!お願い!私を現実世界に帰してよ!」
「現実世界へ帰す?元々お前が勝手に来たんだろ?」
「そうだけど……」
俺は悠希に反撃しながら言った。
「莉奈はお前を連れ戻しに来ただけや!お前と違って『purus aqua』が欲しい訳やない!これ以上妹を巻き込むな!」
「お前は関係無い!黙れ!」
悠希の弾丸のような一撃が、次々と悠希から繰り出された。俺はその攻撃をなんとか避けたり受けたりするのに精一杯で、悠希へ反撃の余地が無かった。
「ラル!逃げよう!」
「いや、ここまで来て逃げられん」
ここで逃げて、再び死の神殿へ行けるチャンスなんて二度と無い。そう思った。
悠希の攻撃に押される俺を見て、莉奈が叫んだ。
「ダメだよ!ラルが死んじゃう!そんなの嫌!」
すると、莉奈は悠希に向かって木刀を構えた。
「莉奈……そんな木刀で何ができる?」
「ラルは私が守る!」
「そんなにこいつを助けたいのか?こいつは嘘つきだぞ?莉奈、こいつはエメラルドじゃない。蒼井 緑。このゲームを作った奴だ」
悠希は俺をまるで犯罪者かのように、憎しみを込めて俺の名を呼んだ。そして、俺に何かの水を使った。
突然オーブが飛んで来て、体が濡れた。
何だ?これは?
「真実の水だ」
俺はみるみるうちに魂の姿になっていった。皮膚はただれ腐り、所々骨が見えた、あの醜い姿だ。
「これが、こいつの本当の姿だ」
「嘘…………」
「どうだ莉奈、醜いだろう?これでもこいつを信じるのか?」
莉奈は俺を見て驚き、恐怖に怯えていた。
「止めろ!止めてくれ!」
そんな目で見るな!俺は化け物のような顔を隠した。
「ラル…………ラルって…………」
「やめろ……」
「思ってたよりおじさん……」
え…………?
思わず悠希が突っ込んだ。
「莉奈、今はそうゆう話じゃないだろ?」
「あと、デブでもハゲでもないじゃん」
「デブでもハゲでもなきゃ内臓無くてええんかい!」
思わず俺も突っ込んだ。
「そうじゃないけど……だったらじゃあ何?見た目が違うからラルじゃないって話?それとも、このゲームを作った人だから、ラルは悪い人だって話?」
「そうだ!こいつがこのゲームを作った事がそもそもの原因だ!」
悠希は……このゲームで誰かを失ったのだろうか?それが…………ヒスイ?
「だから何?ラルは悪く無い!悪いのは自分自身を制御できないプレイヤーでしょ?!」
違うんだ……莉奈…………このゲームは強い気持ちで帰らないと帰れない仕掛けなんだ。
「だって、悪い人がいつも側にいて助けてくれたり、大丈夫か?って言って手を引いてくれたりしない!」
「それはお前を利用するために……」
「利用じゃない!助け合いだよ!」
いや、実際は……悠希の言う通りだ。俺は、莉奈を利用したいだけなのかもしれない。
本当は……莉奈を現実世界へ帰す事によって、罪滅ぼしをしたいだけなんだ。
「利用だとしてもいい。だって、ラルはいつだって優しいもん。辛い事を強要するお兄ちゃんとは違う」
「お前はバカだよ……莉奈……魂を飲めば帰れるんだ。『purus aqua』を手にして帰ればいいだろ?」
「それじゃ、世界が終わっちゃう!」
悠希は莉奈の言葉に驚愕した。
「はぁ?たかがゲームの世界だぞ?魂だなんて、本当に信じているのか?」
悠希には人々の魂すら、作り物に見えていた。俺は……何万もの魂を人質に取られている気分だったのに、悠希ははそれさえも偽物だと思っていた。
それなら死神になって冒険者を殺す事や、世界を終わらせる事に何の躊躇もないはずだ。
「人の想いが未来を作る」
「何だ?それ?」
「それ、建設会社のCM?」
この世界にも、それぞれの想いがある。人々の願いがある。悠希はそれがわかっていない。いや、そこに目を向けていないが正しい。
「悠希、俺にとってはここが現実世界や」
HPゲージは、残り僅か。回復しようとすれば阻止されて、とうとうギリギリになってしまった。これで、全力の一打が出せるのかは正直不安だが……
これが…………本当に最後の一撃だ。
俺は集中した。勝負は一瞬だ。
俺は覚悟を決めると、剣を握る手に力を込めた。
自分の持つ最も最善の一打を………………
ここでバグが起きなきゃ望みは無い。
運命を変える一打。
少しの勇気と地道な努力、ヒラメキと行動力。
俺はその一撃に賭けた。




