26、拒絶の水
26、拒絶の水
莉奈はあの時、困った笑顔で「ありがとう。ラル……」そう言った。その後、こうも言った。
「ごめんね……」
そのごめんにはどんな意味があるのか、その時はわからなかった。今でもわからない。
今、自分がどうしてここにいるかもわからない。
多分、莉奈に眠りの水を使われた。
ここは……どこだ?
気がつくと、俺は地下廊に入れられていた。
「おーい!誰か~!なんや、見張りもおらんのか?」
静かな地下廊は少し暑かった。下の石が熱いようだ。
「下手に動かない方がいいよ!」
「なんや、誰かいるんやないか」
檻越しに見えたのは子供だった。
「ルビー!?」
そこにいたのは、イグニスの女王、ルビーだった。
「エメラルド、久しぶり!その廊はね、底が抜けてね、マグマに落っこちるの~!」
ルビーはそう言って無邪気に笑った。
「なんやそれ!お前、なんで俺をこんな所にいれとんのや!」
「トパーズがね、私のためにエメラルドを捕まえて来たんだって!でもね、ここに入れとかないと逃げちゃうって言うから」
そんな……野生動物みたいな扱いします?しちゃいます?
やっぱりトパーズか!
「お前から逃げてるんと違うわ!悠希から逃げてんのや!早くここから出し!」
「それも聞いたよ。YUKが器を指定したって。だから逃げてるんでしょ?鬼ごっこみたいで楽しそう!」
「楽しいわけあるか!」
そんな事より、莉奈が心配だった。やはりトパーズは信用ならない。そのトパーズの作った怪しい何かに莉奈は手を出してしまうのではないかと不安になった。
それは…………絶対に罠だ!
そこに、莉奈とトパーズがやって来た。莉奈はすぐに檻の前に来て俺に謝った。
「ラル、ごめんね。こうでもしないとちゃんと話を聞いてくれないと思って……」
「当たり前や!俺は茜の魂なんぞ信じて無いんや!」
「じゃあ…………だったらどうするの?私はずっと、永遠にこのままでいるしかないの?」
他に解決策はない。それはわかっている。
「私だって、間違ってるってわかってる。わかってるけど……間違った道だって突き進まなきゃいけない時だってある!もう引き返せないんだもん!前に進むしか無いよ!」
莉奈は……強いな……。
「ホンマに……お前には敵わんわ……」
「と、言う事で、これから『拒絶の水』飲みまーす!」
「ちょいちょい!ちょい待ち!」
そんな、今からイッキしま~す!みたいなノリで言ったけど『拒絶の水』って何だよ!めちゃくちゃ怪しいだろ!!
「これを飲むと~!あ~ら不思議!見た目が力道山に変身しま~す!」
「嫌や!そんなん嫌や!そら拒絶や!それオッサンやん!ムキムキのオッサンやん!!いや、そんなんなっても何の意味も無いやろ!」
「嘘!嘘!これを飲むと…………魂を拒絶して、魂を欲しがらなくなるんだって。だから、欲しがりません!死ぬまでは!」
それ全然、全く、マジで本当に笑えねぇ!!
「これで少なくとも世界は救える。私が魂を飲まなければ、この世界は終わらない」
そうかもしれない。だが……莉奈のテンションは明らかにおかしい。自暴自棄というか、投げやりというか……
「これで、もし、ラルを拒絶したとしても、悲しくなったりしないでね?それでも、おかしくなっても、どうなっても、私、ラルの事が好きだから」
そう言って莉奈は笑顔で涙を流した。俺はその涙を柵越しに指で拭った。
「それでも、俺をここへ入れたって事は……莉奈の決心は変わらんのやろ?」
莉奈は黙ってうなずいた。
「悲しくなるかいな。でも……怒るかもしれん。拒絶されても、追うかもしれん。俺は莉奈がおかしくなっても……力道山になっても……」
「それ本当?」
「それは嘘や」
莉奈は「嘘じゃん!」と言って少し笑った。
「いや、力道山は無理やろ?アンジェリーナジョリーがええわ」
「えー!ラルって外専~?」
話が反れた。
「ちゃうわ!何もかも、全部ちゃうわ!何でも1人で決めて、俺が納得行くわけ無いやろ?だいたい騙してこんな所に入れて…………」
そう言って不満をぶちまけていると……
莉奈は持っていた小瓶の水を飲み干した。
「あーーーー!まだ話終わってないやろ?普通飲む?このタイミングで飲むか?」
そして、口を拭って言った。
「ラル…………話が長い!」
「そら……長くもなるやろ?こうして……莉奈とくだらん話を話せるんも、もう二度と無いかもしれんのや…………」
莉奈の顔が少しずつ変わって行くのがわかった。
「ごめん、ちゃんと言ってやれんかったな…………莉奈がどんな風になっても…………俺は、お前を愛してる」
そういい終わる前に、莉奈は逃げて行った。
「おい!そっちへ行ったぞ!」
「部屋に入るように誘導しつつ追え!」
イグニスの兵が莉奈を追うのが見えた。無事に部屋に戻って1人になれるといいんだが……。
1人。拒絶の水はおそらく全てを拒絶する水だ。これから莉奈は1人部屋に閉じ籠り、1人になる。
俺は残ったトパーズに話かけた。
「これでええんやろ?俺をここから出し」
「わかりました」
そう言うと、トパーズは俺を檻の鍵を開けた。
「水の効果の持続時間は?」
「わかりません」
わからない?
「そもそもこの薬が魂にまで作用するのかさえわかりません。それでも、この世界のルールがどれだけ『purus aqua』に対抗できるのか、やってみなくてはわかりません」
それも……研究の一部という事か……。
「これで世界が救えるか?悠希が無理やり飲ませる事だってありうるやろ?」
「それは……お願いします、エメラルド様が阻止してください。私は、莉奈さんの願いを叶える事しかできません」
莉奈自身が魂を欲しがらない事、それによって世界を救う事。それは、莉奈自身が望んだ事だ。
そのリスクを全く厭わずに、拒絶の水を飲み干した。俺の話を完全に無視して…………勝手に決めた。
「だから女は嫌いや!」
そう言って俺は檻の柵を蹴った。すると、トパーズが呟いた。
「勝手ですね」
「莉奈は勝手や!」
「いいえ。あなたがですよ。エメラルド様」
どう言う事だ?
「あなたもかつて、あんな風に自分勝手でした。茜の訴えを理解しようともせずに逃げた。それが、茜と緑の歯車が狂い出した始まりです」
「なんや?俺のせいや~!言うてんのか?」
「そうではありません。これで、あなたも拒絶される苦しみを味わうといいですね。そうすれば、ガーネット様も少しは浮かばれます」
トパーズの顔からはいつもの優しい笑顔は消えていた。それは復讐?意図的なのか?しかし、トパーズは話を続けた。
「この世界には、必ずしもこの世界を守りたいと思う人間だけではありません。これから、あらゆる人々が莉奈さんを奪い合うでしょう」
モルスのヴィトロを奪い合い、今度は莉奈さえ奪い合うのか……?
「エメラルド!一緒に遊ぼ!」
すると、突然後ろからルビーに抱きつかれた。
「すまん、莉奈には嫌がられるかもしれんが、莉奈の側にいてやりたいんや」
「でも、莉奈は部屋に入って出て来ないよ?」
「それはそうなんやけど……あ、ほら、俺は剣の練習があんねん!訓練場貸してもらえるか?」
ルビーは俺の手を繋いで練習場に案内してくれた。
可愛いやつだ。ルビーは無邪気で純粋だ。トパーズは冷静で思慮深い。ガーネットはプライドが高く荒々しい。三人は茜の魂を分け合って生まれたキャラクターだ。
…………待てよ?
悠希も、グラキアスに行った事があると言っていた。つまり、悠希は死の国から帰って来た事があるという事だ。
一度死ぬと魂を分け、新しいキャラクターを生む事がある。その悠希の一部がトムだ。そうなると……俺は二人を相手にしなければならない可能性が出て来る。
確か、YUKの別の姿の冒険者もいた。プルスに空中廊を届けに来た男、プールスの闘技場で莉奈を助けた男…………
莉奈が器になる事は、最初から決まっていた?俺と知り合う前から、悠希の中ではずっと前から決まっていた……?




