22、愛されて
22、愛されて
相変わらず2匹は智樹にベッタリだった。山を登る間、アルパウスとペンギンはどちらが智樹を愛しているか競い合っていた。動物と人間の三角関係だ。
「相変わらず智樹は愛されとるな~」
「うん、僕、あの二人といると元気が出る。あの二人に好きだって言われると、僕はここにいていいんだって思えるんだ」
すまん智樹……それにはちゃんと思惑があるんだ。この世界は冒険者に望む物を与えて、あらゆる方法でこの世界に留まらせる仕掛けがある。アルパウスとペンギンもその一つに過ぎない。
それが、智樹の望んだ世界だからだ。そうやって命を奪う。それが、俺が作った世界だ。
「動物に好かれても何の意味もないってわかってるんだけどね……」
智樹の顔に少しの陰りが垣間見えた。
「動物にさえ好かれんからったら人間からも好かれんわ!」
現実世界では、自分がここにいていいと思えなかったんだろう。少しの間、智樹の中に入って生活していてなんとなくわかった。
智樹はひどく孤独だった。両親の帰りは遅い。兄弟からは疎まれ、友達もいない。暴力をふるう者はいたが、それは友達とは言わない。
「なんや、人間なら俺がおるやろ?人間とは違うか」
現実世界では周りの都合で迷惑にならないように生きる事を強いられる。
智樹は迷惑にならないように、同級生や先生、兄弟、親にすら迷惑をかけずに生きようとしていた。
それだけだ。
迷惑をかけない。
迷惑をかけないと言う事は、誰にも頼らないという事。虐げる者にとって何をしても誰にもバレないという保証がある。
当然、弱いだけの者は虐げられる。助けを求めない者は1人で戦い、世界でたった1人になる。
智樹はこの世界で、頼れる存在、甘えられる存在を見つけた。だから、この世界から帰りたくは無いんだろう。でも……
「安心せえ!俺が智樹の体に入ってあいつらをコテンパンにしてやったで!」
「えぇえええ!!」
どや顔の俺に、智樹は意外な言葉をかけた。
「それは困るよ。僕、殴られてる時だけは生きてるって感じられたんだよね……」
「アカン!それはアカン扉や!はよ戻って来い!」
しばらく歩くと、ようやく洞窟の入り口が見えて来た。そこには、ちょうど入り口から出て来る莉奈と悠希の姿があった。
莉奈!!
「離して!絶対に嫌!」
「無駄な抵抗するな!もう決まった事だ。今さら後戻りはできない」
悠希は嫌がる莉奈の腕を掴んで、莉奈を捕らえていた。
「その手を離せ!」
「俺がお前の指図を受けると思うのか?」
「それはそうやろうけども!ここは普通そう言うやろ?」
お決まりの台詞も言わせてもらえないのか?こっちは怒りと緊張で今にも手が出そうな勢いだった。
「俺はお前を止める。説得が無理なら力ずくでも…………」
「力ずく?お前にそれができるのか?」
悠希は剣を抜いた。その攻撃は凄まじいもので、一撃受けただけで雪山の中腹までふっ飛んだ。
「痛っ!ありえん痛さや!」
あり得ない力だ……やはり、まだ悠希の方が上という事か……
悠希は剣をしまうと、無理やり莉奈を連れ去ろうとした。それにしがみつくように智樹が止めた。
「兄ちゃん!待ってよ!」
「智樹……またお前か……」
回復をしながら戻ると、智樹が悠希から引き剥がされていた。
「やめろ智樹……殺される……」
悠希はひどく冷たい目をして智樹に言った。
「まだわからないのか?」
「わかってた……」
智樹は下を向いたまま叫んだ
「ずっとわかってたよ……兄ちゃんも姉ちゃんも、二人ともが僕の事嫌いだって事、そんな事ぐらいわかってた!」
智樹……?
悠希が去ろうとしていたその足を止めた。
「僕だけが、両親の本当の子供だからだよね?」
智樹は悠希に向かって叫んだ。
「僕だけがお母さんに愛されて、二人は愛され無いからだよね?」
「何言うてんのや……智樹……」
「だから二人は僕が嫌いなんだよね?目障りなんだよね?消えて欲しいんだよね?」
莉奈は悠希の腕を離して智樹に駆け寄った。
「そんな事無いよ!子供でウザイなぁとは思ってだけど、消えて欲しいなんて思って無いよ!」
智樹はその目にあふれんばかりの涙を溜めて話続けた。
「僕、夜中の両親の話を何回か聞いた事があるんだ。お母さん言ってた。莉奈は女の子だから、女として困らないように、亡くなったあの人の分までしっかり育てるって」
亡くなったあの人とは……莉奈の母親だろうか……?
「悠希はあの人みたいにならないように、道を踏み外さないように真面目にさせたいって。その分厳しくしつけるって!でも……でも…………僕の事は一言も言って無かった。いつもいつも悠希、悠希、莉奈、莉奈!僕の名前は一度だって出て来なかった。それが愛されてるって事なんだよね?僕は愛されてて…………二人は愛されて無いって事なんだよね?」
『自分は愛されている』そう、自分で自分に言い聞かせなければ確認できないほど、儚く自信の無い愛だった。
「違うよ智樹。智樹はお父さんを困らせたりしないし、お母さんを怒らせたりしない。私達なんかより、よっぽど優秀だから……」
「だから?優秀だから何だよ?」
優秀だから愛されるとは限らない。智樹は優秀だ。人に迷惑をかけない事だけは優秀すぎるほどだ。
「優秀だからちゃうわ」
手がかかる子ほど可愛いとはよく言ったものだ。
「優秀でも優秀じゃなくても、お前は愛されとる。お前だけやない。莉奈、お前も。お前もや、悠希!」
たとえ愛情のかけ方が間違っていたとしても、今は離れられないとしても、やがて大人になれば自然と離れてゆく。
離れてみて、お互いに見えて来るものもある。
愛されている事と、解り合えている事は別だ。
「愛されてるから何だ?愛されて無いから『purus aqua』を望むわけじゃない」
確かに、それとこれとは関係無い。母親に愛されていた。だから全てが丸く収まる訳じゃない。
「兄ちゃん!お願いだよ!僕はこの世界を無くしたく無いんだ!この世界にずっといたいんだ!だから、もうやめてよ!」
「目を覚ませ智樹!この世界は偽物だ!」
冷静な悠希が珍しく声を荒げた。
「俺はこの世界を壊す。もう全て終わりにするんだ。終わりの無い世界なんてありえない!終わりがあるから始まりがあるんだ。永遠に不変の世界なんて何の意味も無い!」
「意味が無いわけ無いやろ!?」
悠希だって、この世界で知り合う人もいただろう?この世界の人間と心を通わせる事もあっただろう?それに……意味が無い?
「俺はこの世界で莉奈に出会えた。莉奈のおかげで過去を乗り越えられた。意味が無いなんて事は無い!」
俺は悠希の背後から容赦なく攻撃を仕掛けた。しかし、その剣もギリギリの所で止められた。
「この前のお返しだ」
そう言って悠希は俺の腹に蹴りを入れた。俺はまた人形のように吹っ飛ばされた。
「いっってぇ!」
下は雪がクッションになって痛みは無いが、蹴られた腹の痛みでしばらく起き上がれなかった。その隙に悠希は俺の前に剣を突き出して莉奈に言った。
「一緒に来なければこいつを殺す。モルスのヴィトロを使う間も無く瞬殺してやる」
「止めて!行くから!お兄ちゃんの言う事聞く」
「アカン……莉奈……」
ふと悠希の剣をよく見ると、その剣に亀裂が入っていた。俺の攻撃もノーダメージという訳ではなかったらしい。
「テネブラエのヘマタイトの城へ来い。逃げたとしても無駄だ。どこにいても必ず見つける」
そう言い残して悠希は消えた。
「ラル!!」
莉奈はすぐに駆け寄って、起き上がったばかりの俺に抱きついた。
「痛っ!!」
「あ、ごめん!」
「あはははは!子供の時を思い出すわ」
莉奈は「何それ……」と言って今度は優しく俺を抱きしめた。
大丈夫だ。俺はまだやれる。まだ可能性はある。
俺には莉奈がいる。人は愛されて、強くなれる。その時、初めて実感した気がした。
俺は、いつか来るだろうこの手を離す時に……笑って手を振る事ができるだろうか?
今はまだ……こうしていたい。




