第10話 荒くれ者たち
カンザスの冒険者ギルドを訪れる。
冒険者ギルドの中には昼過ぎだというのに何十人という冒険者で溢れ返っていた。
明らかに定員オーバーだ。
一斉に向けられる視線。それらを無視して受付のカウンターへと向かう。
「い、いらっしゃいませ」
カウンターにいた受付嬢は俺たちより少し年上ではあるもののまだ若く、周囲にいる冒険者に威圧されているようだった。
「鉱山にいる魔物の情報が欲しいんですけど、貰えますか?」
目的地が鉱山だと伝えると受付嬢が溜息を吐いていた。
「あなたたちも鉱山が目的ですか?」
「そうですけど……」
「現在、鉱山には強力な魔物が出没していて噂に聞いていたような金貨の採掘が難しい状況となっています。それでも行かれた場合にはギルドには一切の責任がない事を了承して下さい」
なるほど。
これまでにも金貨の採掘を目的に訪れた冒険者が何人もおり、無茶をした者が負傷し、ギルドへ責任を追及したのだろう。ギルドには何十人もの冒険者がいるのでギルド職員よりも冒険者の方こそ力が強くなっている可能性がある。
彼女の雑な態度は冒険者が増えた事に対する苛立ちだ。
気持ちは分からなくもないので、一応安心してもらうことにする。
「俺たちは金貨の採掘に来た冒険者ではありません。領主の依頼を受けて強力な魔物の討伐に来た冒険者です」
「え、え……?」
何を言われているのか分からない様子だったので冒険者カードを見せる。
そこに描かれているランクは――A。
「し、失礼しました! 少々、お待ちください」
受付嬢が奥にある棚へ向かい、本のような資料を持って来る。
「こちらが鉱山に生息している魔物の資料となっています」
ロックリザード、アイアンウルフ、ボブゴブリン……多種多様な魔物の名前が連なっている。
というか全て迷宮にいる魔物だ。
『迷宮核、全ての魔物のデータを出せ』
『はいはい』
視界の隅に迷宮にいる魔物の平均的なステータスとスキルが表示される。
これぐらいなら問題なく対応できる。
普通の冒険者なら出現する魔物の情報を得ても、そこからギルドにある資料室で特性やスキルを調べたりする必要がある。しかし、俺たちには迷宮という強力な情報源があるので簡単に調査を終えることができる。
「ありがとうございました」
「持ち帰らなくてもよろしいのですか?」
「はい。1回見ただけでも十分です」
俺ではなく迷宮核が出現する魔物については記録している。
やはり、冒険者ギルドにも巨大土竜についてはフィリップさんが持っている以上の情報がなかった。巨大土竜については自力で対応するしかない。
「あの……お願いします!」
資料を返そうとしたところ、手をガシッと掴まれてしまった。
「本当にあの魔物には困っているんです! せめて街が少しでも早く元の様に戻ってくれる事を祈るばかりです」
「まあ、応援に来たんですから期待して待っていて下さいよ」
本当に困っていた様子の受付嬢を落ち着かせる。
「ほ、本当にあの魔物を倒してくれるんですか……」
チラチラとギルド内にいる冒険者へ視線を向ける。
ちょっと煽ってみるか。
「問題ないですよ。昼間から仕事もせずにこんな場所で時間を潰しているような連中よりは強いですから」
「テメェ……!」
一番近くにある席で俺たちの話を聞いていた冒険者の男が立ち上がる。
腰に剣を差しているところから剣士だということが分かる。
「なにか?」
「ずいぶんと言ってくれるじゃねぇか! 俺たちは巨大土竜が怖いんじゃない! 怪我をするなんて馬鹿らしいから慎重になっているだけだ」
男が言っていることも分かる。
怪我をすれば治療に金が掛かる。その間、仕事もできなくなれば収入もなくなってしまうので金が入って来る事もない。そういう意味では慎重になるのも間違ってはいない。
だが、根本的に間違っている。
「だったら、他の依頼を引き受ければいいじゃないか」
依頼票が貼ってある掲示板を見ればいくつもの依頼票が貼られたままになっていた。
金貨が採掘され、街に活気が出て来たことによって忙しくなり、どこも人手を欲していた。特に冒険者のような力自慢は肉体労働として必要とされている。
「へっ、俺はCランク冒険者だぞ。こんな雑用みたいな依頼を引き受けるはずがないだろ」
しかし、冒険者ギルドにいる多くの冒険者が引き受けるはずがなかった。
なぜなら、雑用系の依頼は報酬金額が少なく、金貨の採掘できる鉱山で楽に稼ぐつもりだった彼らにとっては自分から苦労など背負いたくなかった。
「そうして、いつ解決されるのか分からない巨大土竜討伐を待つつもりか? Cランク冒険者っていうのは随分と暇な連中なんだな」
男が俺たちへ手を伸ばしてくる。
向こうから手を出して来たのは、これから起こる事を見せたい冒険者だけでなくギルドの職員も見ている。俺たちの正当防衛は成立したようなものだ。
あとはサクッと倒されるところを見せて委縮させる。
「女ばかり連れて目障りなんだよ!」
男の手が一番近くにいたシルビアへ向かう。
あ、そっちへ行ったか。
「汚い手で触れないでもらえますか?」
シルビアが男の手を叩く。
姿勢を崩されて無防備になった懐に飛び込むと男の襟を掴んで床に投げ飛ばす。
「ぐべっ」
さすがに鍛えているだけあって床に叩き付けられても意識を失うような真似はしなかった。
しかし、仰向けになった体の上にシルビアの足が置かれると別な意味で狼狽えていた。
「ご主人様以外の男には触れてほしくありません。特にあなたのように楽をして稼ごうなどという浅ましい考えの人間には」
足を上から突き付ると男の意識がなくなる。
もう、見ていられなかった。
それはシルビアも同じだったらしく、気持ち悪い物を見るような目を向けてからギルドの入口がある方へ蹴り飛ばしていた。
――ガタガタガタ!
それまで見ているだけだった冒険者の男たちが一斉に椅子から立ち上がる。
いいだろう。
「全員、こんな場所で時間を潰しているだけなら病院に送って有意義な時間を使わせてやる」
「ガキが! いい気になるなよ」
斧を持った大男が出て来る。
それなりの実力者だと伺えるが、巨大土竜をどうにかできるとは思えない。
「止めねぇか!」
「フィリップの旦那……」
いつの間にかシルビアの蹴り飛ばした男の隣に打ち合わせがあるという事で会議室に残っていたフィリップさんが立っていた。
「騒ぎになるのが分かっていたのにお前らだけで行かせた俺に問題があるが……どうして自分から騒ぎを起こしているんだよ」
「ガンツさんも受付嬢も冒険者の出す荒んだ空気に困っているみたいだったので、全員病院送りにしてしまおうかと」
俺たちが仕事をしている間に下手な邪魔をされても困る。
ボコボコにしてしまうのが一番手っ取り早かった。
「おい、おまえら! この5人は領主からの指名依頼を引き受けて巨大土竜を討伐する為にカンザスまでやって来てくれた冒険者だ。この意味が分かるな。この5人の邪魔をするって事は領主を敵に回す事を意味している」
冒険者の誰かが唾をのみ込んだ。
腕っ節は強くても権力など持っていない冒険者。
領主――貴族とは滅多なことでは敵対したくないと考えている。
「さらに言えば、こいつらは俺の紹介で連れて来た。おまえらのせいで依頼が失敗に終わるようなことになれば、お前らが俺のメンツを潰したような事になるんだ。その辺も踏まえろよ」
「俺たちはそんなつもりは……」
「あん!?」
フィリップさんに睨まれて男が引き下がる。
ベテラン冒険者として名前が知れ渡っているようで、冒険者ギルドにいた荒くれ者の冒険者もフィリップさんには逆らおうとしていなかった。
「そして、ここにいる蒼髪の少女こそ俺が何年も手塩に掛けて育てた冒険者だ。娘同然の奴を困らせるような奴には俺も加わってボコボコにしてやる」
何人もの男たちが視線を逸らしていた。
しかし、視線を逸らさなかった一人が気付いてしまった。
「あ、じゃあ彼女が『蒼剣』……」
二つ名を言われた瞬間、イリスが走り出して逃げてしまった。
クラーシェルではないから話が伝わっていないと考えていつも通りの服装に戻していたが甘かった。
この街にはフィリップさんとダルトンさんがおり、関係者ということで戦争――それも『蒼剣』の話が思いっ切り伝わってしまっていた。
「ええと、今日はあと数時間で夕方になってしまうので鉱山へは明日から行くことにします」
イリスが駆け出してしまったので今日の探索は不可能になってしまった。