第47話 ハイタンクワーム
イルカイト迷宮地下8階。
半分ほど進んだところで迷宮の奥から揺れと響きが伝わってくる。
「地震、な訳ないよな」
「迷宮なんだから地震が自然に起こる訳ないでしょ」
ノエルの【地震】を除いて地震は起こらない。
もっと直接的な方法による揺れだ。
「来ました……!」
気配を察知したシルビアが逸早く揺れに対して背を向ける。
まともに対処できるようなものではない。シルビアがそのように判断したのなら俺たちも従う。
「おいおい……マジかよ!」
迷宮の壁を砕く音が聞こえる。
そうして、走りながら振り向いた俺たちの目に映ったのは、洞窟の中に押し込まれた巨大な蠕虫。見た目はミミズにそっくりなのだが、体の大きさが巨大魔物に相当するほど大きい。幅が20メートル近くある洞窟を壊しながら出口――迷宮の上層を目指している。
人間なんて丸呑みにできそうな大きい口が開けられ、垂れた涎が撒き散らされる。
「ひぃ!!」
「なに、アレ!?」
シルビアとアイラが阿鼻叫喚といった様子で逃げる。
イリスを見てみると目を瞑ったまま逃げていた。
元々、蜘蛛みたいな見た目が醜悪な昆虫の魔物を嫌っていた女性陣。巨大なミミズなんて目にすれば怯えるのも頷ける。
「……燃やしてしまいましょう」
走りながら手に炎を生み出すメリッサ。
目が虚ろなので本気なのだろう。
「待て、洞窟で大規模な炎なんて使うな」
密閉空間で巨大ミミズを焼き尽くすような規模の炎を使用すれば酸欠状態になって倒れてしまう可能性がある。
普段なら、その程度の事に気付いてもいいのだが、メリッサにも余裕がなくなっていた。
「どうするの?」
今は巨大ミミズを前にしても平然としていられるノエルが頼もしい。
「あんなの、屋敷の庭にもいるようなミミズが大きくなっただけでしょ」
「全然『だけ』なんてレベルじゃないでしょ!」
ノエルの言葉にシルビアが反論する。
メイドとして屋敷の庭も管理しているシルビア。土を触っていればミミズを目にすることもあるため普通のミミズなら平気なはずだ。
「無理、無理ですっ! あの涎なんて溶解液みたいじゃないですか!」
「どれ」
魔法で生み出した石礫を投げてみる。
ジュッ、と巨大ミミズに当たる前に石礫が溶けた。
「ほ、本当に……!?」
溶解液だったことにシルビアの顔が青褪める。
「未だに虫がダメなんだな」
ルイーズさんから、どんな魔物にも対応できるように言われていた。
ある程度の虫型魔物になら対応できるようになったが、洞窟の奥から溶解液を吐き出す巨大ミミズが迫って来るのは想定外だった。
「とりあえず上の階へ避難しろ」
逃げているうちに7階へ戻れる階段を見つけて避難するよう促す。
女性陣が一気に駆け上がり、最後に俺も階段を上ると背後を巨大ミミズが駆け過ぎて行った。
「何だったんだ、今のは……」
「ハイタンクワームらしいです」
「げっ、タンクワームが進化したのかよ」
重たく硬いミミズのワーム。地を這いながら獲物を潰して捕食する姿からそのような名前がつけられた。
だが、俺たちが知っているタンクワームよりも大きい。
おそらくゴブリンエンペラーのように進化したのだろう。ただし、ゴブリンエンペラーみたいな知性は感じられなかった。防御力と俊敏性が異常に発達したタンクワーム。それが、あのワームだ。
「とりあえずここを離れましょう。あのワームが通ったせいで8階の通路はグチャグチャです」
削られた壁と天井。さらに溶かされたことで無事に歩けたものじゃない。
「そうだな。しばらく休憩している間に通り抜ける方法を考えることに……」
考えている時間なんて与えられなかった。
『……!?』
階下から視線を感じて振り向いてみると階段の下から覗いているハイタンクワームと目が合った。どこに目があるのかなんて分からない。それでも視線が合ったことが分かるぐらいに見られていることは理解できた。
「まず……」
何かある。
咄嗟に逃げようとするが、それよりも早くハイタンクワームが大きな口を広げ、溶解液を吐き出す。
「クソッ」
土壁を生み出して防御する。階段のある空間を覆うように作られた土壁が溶解液に耐えている。
「今のうちに撤退を……」
「ちょっと難しいな」
汗を掻きながらシルビアの提案を却下する。
「想像以上に溶解液の威力が高い。ちょっとでも気を抜いた瞬間に土壁が一瞬で崩れるぞ」
今も魔力を注ぎ続けているから耐えることができている。
そして、撤退するなら【転移】を使用する必要があるのだが、転移先をイメージする必要がある。土壁を維持し続けながらイメージするほどの余裕がない。
「あ、止まった」
溶解液による土壁の崩壊が止まった。
屋敷へ避難するべく【転移】を使用しようとする。
「なっ……!」
次の瞬間、階段にあった土壁が向こうから打ち破られた。
溶解液では埒が明かないと判断したハイタンクワームが採った手段は、体を縮めての吶喊。
そもそも地下8階まで到達するようなハイタンクワーム。洞窟が続く地下9階や8階への移動には、今と同じように体を縮めて階段を通った。ハイタンクワームよりも小さい階段へ逃げ込んだことで安心しているような場合じゃなかった。
「ご主人様……!」
シルビアの叫ぶ声が遠くに聞こえる。
その時には、目の前の空間が真っ暗になっていた。
☆ ☆ ☆
「そ、そんな……」
マルスが捕食される姿を見て絶望するシルビア。
そんな彼女が次の標的に定められていた。
「ほら、走るわよ」
アイラが手を引く。
「あいつなら生きているわよ」
「あ、そっか」
眷属は主と運命を共にする。もし、主が死ぬようなことがあれば眷属も後を追うように死ぬことになる。
今もシルビアたちが生きているこそ、マルスが生きている証拠だった。
「あたしも覚悟が決まったわ」
再び、縮めた体で吶喊してきたハイタンクワーム。
「あんな足場の悪い場所で戦える訳がないでしょ!」
階段から飛び出すと広く足場の平らな場所でハイタンクワームの攻撃を剣で受け止める。
押されそうになるのを足に力を込めて堪える。
「そのまま押さえておいてください」
「喰らえぇ!」
ハイタンクワームの頭部へ左からメリッサが土を押し固めて作った巨人の腕で殴り、ノエルが電撃を纏わせた錫杖で叩き付ける。
二人の攻撃を受けたことで一瞬だけ昏倒し、体を麻痺させてしまう。
「食べられても生きているということは体内で暴れているはずです。こうして、私たちが外で注意を惹いていれば主が行動しやすくなります」
そのように推測するメリッサ。
しかし、実際には体内で暴れるレベルの話ではなかった。
「あ、れ……?」
いきなり目の前から力が消えたことでアイラが前へ倒れそうになる。
ちょっと下を向いていた一瞬。たったそれだけの間に目の前からハイタンクワームが消えていた。
「いったい、どこへ……?」
ガリガリ周囲の壁を削りながら迷宮の奥へと消えて行く。
「いつの間にか地図が表示されていますね」
メリッサが迷宮の地図が表示されていることに気付いた。
地図に表示されたハイタンクワームの反応は、真っ直ぐに迷宮の奥へ最短距離を進んでいた。
さらにハイタンクワームの向こう側にはマルスの反応もある。
「まさか、引き摺っているの?」
アイラが気付いたように【壁抜け】で体内を無傷で通り抜けたマルスがハイタンクワームの向こう側まで移動する。巨体のハイタンクワームにとって背後は死角と言っていい。気付いたら、体の後ろを掴まれて奥へと引き摺られていた。ノエルの攻撃で体が一時的に麻痺していたのも一躍買っている。
「私たちも追おう」
イリスの提案で全員がハイタンクワームを追う。
しかし、洞窟を埋め尽くしている為にハイタンクワームを追い越すことができずついて行くしかできない。
そうこうしている内に地下10階の最奥へと辿り着いて姿が消える。
転移魔法陣で下の階層へと移動した。
移動したシルビアたちが見たのは草原の空を飛ぶ巨大なミミズ。
「離れていろ!」
眷属の全員が移動したことを確認すると離れるよう言うマルス。
マルスの手は空を舞うハイタンクワームへと掲げられており、周囲の安全が確保できるぐらいに離れたところで魔法を使用する。
次の瞬間、ハイタンクワームの体が内側から破裂する。
体内に溜まっていた溶解液が周囲に飛び散り、離れた場所にいたマルスたちにも届くがドーム状に形成された土壁のおかげで被害を受けることはない。
「何をしたの?」
「うん? さっき体内を通り抜けた時、ついでに爆発する魔法をいくつか置いて来たんだよ」
いつでも爆発がさせられる状態にしておいた。しかし、洞窟内で爆発させてしまうと体内にある溶解液が溢れることになる。
「洞窟の次が広い草原だって言うのは分かっていたからな」
シルビアたちの安全を確保する為にも引き摺って移動してから爆散させた。
「2日目も初っ端から苦戦させられるな」
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