第46話 ゴブリンエンペラー-後-
『何が知りたい?』
「この先に何がある?」
『それを知ってどうする』
事前情報は全く役に立たなくなった。
迷宮の異変によって進化を果たしたゴブリンエンペラーなら何か情報を持っているかもしれない、という思いからの質問だった。
だが、当のゴブリンエンペラーも詳しい事は何も知らなかった。
『知らない……! 本当に何も知らないんだ! 気付いたら、こんな風になっていて余たちも困っていたんだッ!』
切実に訴えてくるゴブリンエンペラーの姿からは嘘を言っているように思えない。
その間にメリッサの手によってゴブリンの集団が壊滅されて行く。それに従ってゴブリンエンペラーのステータスも下がっている。
最初ならともかく、今はもう脅威にならない。
『頼むッ、見逃してくれッ!!』
地面に頭を擦り付けて懇願するゴブリンエンペラー。
その姿からは皇帝の威厳なんて感じられない。
「それは、お前だけの事か?」
『できることなら部下も助けてほしい。みんな、余の事を慕ってついて来てくれた者たちだ。襲っておいて自分勝手な言葉なのは分かっているが、見逃してもらえないだろうか……』
「いいよ」
ゴブリンエンペラーの表情が一気に明るくなる。
別に大量のゴブリンを見逃したところで不利益になる事はない。むしろゴブリンを殲滅する手間が減って助かるぐらいだ。
ただ、どうせなら一つぐらいは対価を要求させてもらおう。
「代わりにお前の装備を寄こせ」
『な、に……まさか余の鎧と剣の事を言っているのではないだろうなっ!?』
「その通りだけど」
普通の冒険者なら金色である事に着目して高値で売ることを目論むのだろう。
だが、金色の鎧と剣はゴブリンエンペラーへ進化した時に魔力から生み出された武装。それを【魔力変換】すれば相当な魔力が手に入るはずだ。
「碌な情報も持っていなかった。そんな奴からは何か対価をもらえないと見逃す気にはなれないな」
『ヒィッ!』
怯えたゴブリンエンペラーが鎧を脱いで、剣と一緒に地面へ置く。
もう、完全に戦意を失っていた。
「おい、戦闘は終了だ」
「まだ半分ぐらいしか殲滅できていないのですが……」
ゴブリンの殲滅を行っていたメリッサは不満そうだった。
女を見つけては自分たちの巣へ連れ帰って繁殖の道具にするような下劣な魔物には容赦をするつもりがなかった。
「こっちの事情は分かっているだろ。なら、残りのゴブリンを見逃すぐらいは別にいいだろ」
どうせゴブリンたちにできる事はない。
それどころか戦闘の余波でゴブリンたちが潜んでいた部屋を隠していた壁が壊れてしまった。そのせいで隠れることができなくなり、遠からずゴブリンたちは地下1階へ到達した魔物に倒されることになる。そうなれば生き残る為には迷宮の外へ出るしかないのだが、今のガルディス帝国はゴブリンが生きていくには厳しい国となっている。
どちらを選択したところで破滅しか待っていない。
「……お前なら、それが分かっているよな」
『な、なぜ……!?』
事情を説明する為にメリッサの方へと歩いていた。
ゴブリンエンペラーへ背を向けていたことで彼には好機と捉えられてしまったのか自分の置いた金色の剣で後ろから斬り掛かっていた。
だが、不可視の【迷宮結界】に阻まれて弾かれてしまった。
「簡単な話だ。お前が見逃してもらう事を心の底から願っていないのは分かっていた。そして、実力差も分かっているお前が何かをするなら奇襲による逆転だろう」
『だから……! どうして、余の本心を見抜いた、と聞いている!?』
ゴブリンエンペラーは賢い。それこそ、他のゴブリンを指揮することができるだけでなく、自分の思考が読まれていると分かれば降伏するしかない、と思う傍らで奇襲を企てることができるぐらいに賢い。
もしも、相手が単純に相手の思考を読むだけだったなら通用したかもしれない。
だが、俺たちが読んでいるのは思考じゃない。
「【迷宮魔法:鑑定】には、お前の考えている事が情報として記載されている。そして、俺たちは全ての情報を閲覧することができる」
奇襲を企てている事も全て記載されていた。
全ては茶番だった。それでも、茶番に付き合った甲斐はあった。
「ほい」
『ああっ……!』
ゴブリンエンペラーが手にしていた剣を蹴り飛ばす。
飛んだ先には金色の鎧が置かれていた。
「こうして綺麗な状態で鎧と剣を手に入れることができた」
『まさか、その為だけに……!?』
「当然だろ」
鎧に守られていない場所を狙ったとしても鎧に傷がついてしまうかもしれない。少なくとも汚れはついていた。
完全な状態で手に入れる為に茶番に付き合っただけの話だ。
後退るゴブリンエンペラー。
俺も1歩前へ出る。
『よ、余を見逃すのではなかったのか……?』
「それは、お前が何もしなかった時の話だ。あのまま逃げるなら見逃すことも考えたけど、お前は俺の好意を無視して奇襲を仕掛けてきた」
その時点で交渉は破談になった。
既にゴブリンエンペラーを見逃す理由はない。
『こ、このぅぅぅぅぅ!』
地面にあった大きな石を手にして襲い掛かって来るゴブリンエンペラー。
多少は弱体化していると言っても普通のゴブリンよりも圧倒的に強いステータスで殴られれば傷を負う。
せめて一矢は報いたい。
ゴブリンエンペラーにも敵わないことは分かっている。それでも意地から何かをせずにはいられなかった。
『ぁ、あぁ……』
頭頂部から真っ二つに斬られて倒れるゴブリンエンペラー。
「しぶといな」
強い生命力のおかげで斬られた後もギリギリ生きていることができていた。
『へへっ、奥へ進むつもりなら覚悟しておくんだな』
「やっぱり何があるのか知っているんだな」
だが、【鑑定】でも何も知らないと表示された。
『何も知らない。余が知っているのは、迷宮の外へ出て行った連中だ。あんな化け物みたいな連中がゴロゴロいる場所へ向かうなら、お前も無事では済まされない、はず……』
挑発的な笑みを浮かべて完全に事切れる。
「ゴブリンの弱さ、か」
そして、最後に考えられたのはゴブリンという種族の弱さ。
生まれつき臆病で、迷宮へ初めて入った初心者すら襲うことができずにいたゴブリンだったゴブリンエンペラー。そうして、長く生き残ったおかげで偶然にも進化に必要な力を手に入れたが、それでも外へ出て行こうとする強い魔物には怯えていた。
ステータスなら【皇の器】のおかげでゴブリンエンペラーの方が勝っていた。
だが、元来の臆病な性格。そして、ゴブリンでは他の種族に勝てない、という思い込みが挑戦を躊躇させていた。
「力は強かったよ。俺たちが迷宮へ辿り着くまでの数日の間に他の魔物と戦闘をして経験を積んでいたなら危なかったかもしれない」
普通のゴブリンよりも上手く扱える。
その程度の強さでは、【皇の器】による恩恵を十全に使えるとは言えなかった。
「こっちは終わったわよ」
「ただ……」
乱戦を終えてどこかスッキリしているアイラ。
対照的にノエルは布で顔を覆っていた。
「ちょっとやり過ぎたな」
周囲はゴブリンの死体で溢れ、地面は地に染まってしまっている。
無理矢理進むことは可能だが、自分たちの手で掃除するのは面倒だし、先の事を思えば強行突破はやりたくない。
「今日のところは帰るか」
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