第45話 ゴブリンエンペラー-前-
ゴブリンエンペラー
今までに見たことがなければ、聞いたこともない特殊なゴブリン。似た名前のゴブリンとしてゴブリンキングなら迷宮にもいるため知っている。ゴブリンキングはホブゴブリンのように大きな体躯を持ち、他のゴブリンを指揮する能力を持っている王に相応しいゴブリン。
鎧を纏い、剣を手にするゴブリン。
他のゴブリンを後ろに待機させながら一人だけ出てくる。
「グギャ」
小さく言葉を吐くと身を屈めながら走る。
神剣で斬ろうと振る。しかし、ゴブリンエンペラーの剣によって受け流される。
「こいつ……!」
笑みを浮かべるゴブリンエンペラー。
神剣と打ち合うのは危険だ、と本能で判断したのか受け流すことに専念しており、何度剣を振り下ろしても受け流される。
普通のゴブリンでは考えられないほど剣技に優れている。
「ちぃ……!」
腕を斬られる。上の方を掠った程度の傷だが、斬られたことには変わりない。
咄嗟に後ろへ跳んでゴブリンエンペラーと距離を取る。
「大丈夫?」
「ゴブリンが相手だからって油断した」
「油断は禁物」
アイラの質問に答えながら、イリスの回復魔法を受けて傷を癒す。
人間、それも強い相手に傷を負わせることができた。ゴブリンという最弱種にとっては、それだけで歓喜ものだった。
――ワアアァァァァ!
後ろにいたゴブリンたちから歓声が上がる。
自分が攻撃した訳ではない。それでも嬉しさを隠すことができずにいた。
そして、歓声を受けて満足にしているゴブリンエンペラー。
「そんなに称賛されるのが嬉しいか」
「ゴブ……?」
「皇帝に憧れるだけの最弱ゴブリンが偉くなったものだな」
「ゴブ……!」
ゴブリンエンペラーがバカにされていると知って怒る。
それと同時に心の底で自分の言葉が理解できていることを不審に思っている。
「別にさっきから『ゴブゴブ』喋っている言葉の意味が理解できている訳じゃない」
ゴブリンたちには伝わっているのだろうが、俺たち人間には同じ言葉にしか聞こえない。
「こっちには、お前の考えている事を知る術があるんだよ」
「ゴブ……!?」
方法はゴブリンエンペラーの情報を得たのと同じだ。
【迷宮魔法:鑑定】。迷宮に関わる物や人、魔物に関する情報を閲覧することができる魔法。熟練度が上がってくれたおかげで魔法を使用した際の情報――思考まで表示させることができるようになった。
今も思考を覗かれていると知って警戒している。
それでいい。向こうは俺たちの事を必要以上に警戒しているのに、こちらは相手の思考が手に取るように分かる。
『せっかく進化ができたんだ。もっと余の軍を精強にして、我らを虐げるだけだった人間たちへ復讐に行かなくては……!』
元々は迷宮で生まれた普通のゴブリンだったゴブリンエンペラー。彼は、迷宮の物陰に隠れながら冒険者をやり過ごし、人間たちの会話を盗み聞いていた。そこで、地上にある人間の国には『皇帝』という絶対の権力者があり、迷宮にいる魔物を狩る冒険者すら従えている。
自分もそんな存在になりたい。
そんな願いを抱きながら生きていたところ、今回の騒動によって膨大な魔力を運良く手に入れることができた。
そして、膨大な力はゴブリンの願いを叶える形で発現した。
つまり、ゴブリンの皇帝として君臨することになった。
それらの情報が【鑑定】によって齎される。
「たまたま強い力を手に入れられただけで、お前は弱いゴブリンのままなんだよ」
『なんだと……!』
怒りに体を震わせたゴブリンエンペラーが前へ出る。
これだけ挑発すれば大丈夫だろう。
「ゴブッ!!」
『なにっ!?』
「チィ、失敗したか」
ゴブリンエンペラーの傍で鮮血が舞う。
隠密状態で敵に気付かれることなくゴブリンエンペラーへ近付いたシルビアの短剣によるものだ。ただし、ゴブリンエンペラーを刺すには至らず、飛び出してきたゴブリンを突き刺していた。隠密状態の維持に気を付けていたせいで、ゴブリンの飛び出しにシルビアも気付けなかった。
『きさま……!』
ゴブリンエンペラーが剣を振るう。
しかし、何度も振るわれた刃はシルビアを捉えることができず、ようやく当たるはずだった斬撃も【壁抜け】によって回避されてしまう。
致命的な隙を晒すゴブリンエンペラー。
そこへシルビアが短剣を振り下ろす。
「ゴブゴブッ!」
ゴブリンの集団から2体の特別なゴブリンが飛び出してくる。どちらも鎧を纏っており、剣を手にしている。ただし、ゴブリンエンペラーのような豪華な装備ではなく、普通の兵士が身に付けるような簡素な装備だ。
あれは迷宮にもいるから知っている。
ゴブリンナイト。騎士の装備を持って生まれ、騎士の階級を与えられた王を守るゴブリン。
ゴブリンエンペラーが下がり、2体のゴブリンナイトがシルビアへ襲い掛かる。
『お前たち!』
何かのスキルがゴブリンエンペラーから放たれる。
すると、ゴブリンナイトの動きが素早くなり、シルビアに回避された剣が地面を砕いた時の威力が増す。
他のゴブリンを強化するスキルが使用された。
――ワアアァァァァ!
最後、歓喜に沸き立つゴブリンの集団。
『これこそ皇帝の力よ!』
「喜んでいるところを申し訳ないけど、全部丸見えだからな」
普通なら未知の魔物が使用したスキルなど詳細が分かるはずがない。
【皇帝の鼓舞】、【皇の器】。
【皇帝の鼓舞】は、ゴブリンエンペラーの配下のステータスを倍にすることができるスキル。
【皇の器】は、自らを皇だと認めてくれる配下が多ければ多いほど効果を増し、自らのスキルを上昇させてくれるスキル。
まさに多くのゴブリンを配下に持つゴブリンに相応しいスキル。
『行くぞ――』
加速されたゴブリンエンペラーが駆ける。
しかし、行先は俺ではなく、後方にいるメリッサの方。
『その出で立ち、魔法使いと判断した。まずは貴女から……』
「思考は読めても音はゴブゴブにしか聞こえないから五月蠅いんだよ」
『ブボォ!』
俺を無視したゴブリンエンペラーに追いついて蹴り飛ばす。
迷宮の壁に叩き付けられたゴブリンエンペラーが剣を支えにしながら立ち上がる。
「なるほどな。あいつの強さの秘訣は【皇の器】にあった訳だ」
配下の数が多ければ多いほどゴブリンエンペラーの力は増していく。
だが、今のゴブリンエンペラーは強い力が配下のおかげで強化されているに過ぎない。
「お前の動きはもう捉えられるようになった」
逃げられない、と悟ったゴブリンエンペラーが斬り掛かっている。
先ほどと同じように斬り合う。しかし、4撃目になったところでゴブリンエンペラーがバランスを崩して前のめりに倒れる。
「なら、簡単な話だ。配下を先に倒せば、お前のステータスも下がる」
メリッサの放った風の弾丸が数十体のゴブリンを一度に潰す。
たった一撃で大勢を倒せる力がある。だが、倒した数以上の効果が今の攻撃にはあった。
『お前たち……』
一撃で大勢をミンチにする攻撃は、生き残った他のゴブリンを恐慌状態にするには十分な効果があった。
そんな状態で皇の応援などできるはずがない。
人間ならできたかもしれないが、本能で生きているゴブリンには難しい事だった。
数少ない応援するゴブリンはゴブリンエンペラーに従っていた側近のゴブリンナイト。ただし、それらもアイラとイリスの奮戦によって数を減らしていっている。
『おのれ……!』
睨み付けてくるゴブリンエンペラー。
中途半端に賢くなったことで今の自分では俺たちに勝てない、と理解しているのだろう。
「さて、一つ教えてほしい事がある」
『なに?』
「質問に答えてくれたなら見逃してやる」
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