第44話 セオリー無視の迷宮
洞窟の奥から現れたのはクリムゾンジャッカル。
狼に似た姿をしているが、狼よりも小柄で俊敏な動きができる代わりに力が弱くなっている。
通常のジャッカルでさえ俊敏な動きに翻弄されて、普通の冒険者は苦労をさせられる。その上、真っ赤な毛を持つクリムゾンジャッカルには炎を吐き出すスキルと周囲に炎を生み出すスキルがある。
近付くのも危険な魔物なため苦戦は必須だが、毛を持ち帰ることができれば炎に対して耐性のある毛であるため高値で売ることができる。
そんな強い魔物が7体で群れを成している。先頭にいるクリムゾンジャッカルが他よりも一回り大きいことからボスだと思われる。
「アイラ」
「りょうかい」
一直線の洞窟。
収納リングから弓を取り出したアイラが矢を番えて射る。狙いは先頭にいるクリムゾンジャッカル。正確に放たれた矢は、真っ直ぐにクリムゾンジャッカルの眉間へと向かう。
「げっ……!」
しかし、クリムゾンジャッカルの眼前まで到達した所で矢が燃え尽きてしまう。
ボスのクリムゾンジャッカルは炎を生み出せるだけでなく、周囲にある物を燃やすスキルまで所持しているらしく、普通の矢では当てることすらできない。
「だったら……!」
矢を番えられていない弓を構えるアイラ。
弓に光る矢が生み出されて射られる。魔力で形作られた矢は、クリムゾンジャッカルのスキルでも燃やすことができない。その事を理解しているボスが斜め前へ跳んで矢を回避する。回避したことで後ろにいた仲間に当たっているが、ボスに仲間を気にした様子はない。
それどころかニヤァ、と笑みを浮かべるボス。彼にとっては、自分さえよければ仲間……部下はどうなろうと関係ないらしい。
「ムカツク……!」
次々に魔力の矢を射るアイラ。
クリムゾンジャッカルも洞窟内を縦横無尽に駆け、壁や天井まで利用して接近する。
お互いの距離は10メートル。
クリムゾンジャッカルのスピードを考えれば一瞬で届くことができる距離。
「あと、よろしく」
ムキになって矢を射っていたアイラが弓を下ろす。
自分へ向けて矢を射続けるアイラに対して敵意を抱いていたクリムゾンジャッカルたちも不審に思う。
が、あまりにも不用心に接近し過ぎた。
「落雷」
ノエルの錫杖から放たれた雷が壁に落ちる。
すると、壁を伝って前方へと拡散されて駆けていたクリムゾンジャッカルに電撃を浴びせる。
バタバタと地面へ落ちるクリムゾンジャッカル。体が麻痺している状態では炎を生み出すことも難しいみたいで、周囲でボッボッと火が発生するだけで攻撃に使用できるような代物ではない。
ノエルの電撃は確実に全てのクリムゾンジャッカルを麻痺させていた。
「これだけ強かったんだから、良い素材が手に入るでしょ」
まるで「そんな……!」とでも言いたそうな表情をするクリムゾンジャッカル。
しかし、世の中は非情。全員で手分けして身動きのできないクリムゾンジャッカルにトドメを刺していく。
「いやぁ、それにしても強かったわね」
「地下1階にしては、だけどな」
「予想はしていたけど、セオリーを無視した最悪のパターン」
イリスが迷宮の現状を知ってげんなりしていた。
通常なら地下1階に出てくるのはゴブリンやスライム、それも特殊な能力を一切持っていない最弱クラスの魔物だ。少なくとも炎を扱うことのできる魔物が出てくるような階層ではない。
セオリーを無視したクリムゾンジャッカルの出現。
けれども、当然と言えば当然だった。
「今のイルカイト迷宮は、迷宮内にいた魔物が外へ飛び出して行っている。現在も続々と出て行っているのは供給――魔物の生産も同時に行われているから」
生み出されると同時に外へ飛び出して行っている魔物。
……では、今も迷宮内にいる魔物は何か?
「迷宮内にいた方が効率がいいって分かっている魔物。それと、外へ飛び出して行こうとしている魔物たち」
おそらくクリムゾンジャッカルも生み出されたのは、もっと下の階層になるはずだ。そこから外へ出ようと地下1階まで到達した。
セオリーなど通用しない迷宮。
それが今のイルカイト迷宮だった。
「こんな場所はさっさと通過した方がいい」
イリスの提案に賛成する。
洞窟内では狭いため戦闘になると避けることができない。
「お、セオリー通りな部分もあるみたいだな」
洞窟を少し進むとゴブリンの姿が見える。
「……おかしい」
「そうか?」
ゴブリンの出現を訝しむイリス。
洞窟にゴブリンがいるのは珍しいことではない。
「このゴブリンどこにいたの?」
襲い掛かってきたゴブリンを剣の一振りで斬り捨てながら疑問を口にするイリス。
「どこって……」
「このゴブリンが現れたのはクリムゾンジャッカルが駆けていた場所。弱いから無視されていたっていう可能性もあるけど、クリムゾンジャッカルと遭遇して無事でいられた理由が分からない」
この先は一本道になっている。
炎で周囲を照らすこともできるクリムゾンジャッカルがゴブリンを見落とすというのも考えにくい。そして、見つけたのなら轢き倒すぐらいの感覚で倒していてもおかしくない。それだけの力の差が両者にはある。
そうなると、ゴブリンはクリムゾンジャッカルに見つからなかった、と考えられる。
「どこかに隠し通路があるかのかもしれない」
そういった隠された場所には財宝が隠されていることが多い。
「けど、今はそんな部屋を探している余裕はないぞ」
攻略を優先させる今は可能性が高くても見逃すしかなかった。
「残念」
イリスも可能性を口にしただけで本当に隠し部屋を探そうとは思っていなかったのだろう。
――ガコン!
「……ん?」
何かが落ちる音が響く。
音のした方へ目を向けると、直前までは壁があったはずの場所に穴が開いていた。
「【迷宮操作:地図】」
まさか迷宮へ潜って最初の階層で使用させられることになるとは思いもしなかった。
【迷宮操作:地図】。迷宮内で使用したなら迷宮の詳細な地図を視界に映し出すことができるスキル。事前情報などなくても迷宮の構造と罠の有無、魔物の位置を知るだけなら魔法で事足りる。ただし、攻略方法は自分たちで考えなければならない。
それに迷宮の魔力を消費しなければならないため、完全に頼るのではなく自力での探索が可能な範囲は自分たちの力で進めたかった。
だが、そうも言っていられない。
想定していない脅威が隠された場所から現れる可能性があるなら、多少の消費は気にせずスキルを使用する。
「あれは……!」
穴の向こうから体格の大きなゴブリンが現れる。
ホブゴブリン。弱いゴブリンが奇跡的に勝利を重ねた結果、進化を果たして体と力が大きくなったゴブリン。同じゴブリンとして分類されるが、新人冒険者が手を出していいような魔物ではない。
手には棍棒が握られており、敵意の籠った目を向けてくる。
しかし、ホブゴブリンが動き出すよりも早く敵意の籠った目をした頭が、アイラに首を斬られたことで地面へ落ちる。
同時にあちこちの壁が開いてゴブリンが一斉に飛び出してくる。
ゴブリンだからと言って侮ることはできない。洞窟を埋め尽くすかのように百体を超えるゴブリンの襲撃。倒すだけなら魔法でできるが、死体で埋め尽くされることで先へ進めなくなる。
「一気に行こう!」
埋め尽くされる前に先へ進もうとする。
「……ッ!」
だが、ゴブリンの集団の中から強い敵意が向けられて足が止まってしまう。
そうこうしている間に埋め尽くされる通路。ホブゴブリンが出てきた隠し部屋は行き止まりになっているため利用することができない。クリムゾンジャッカルと遭遇したゴブリンも隠し部屋があったからこそやり過ごすことができた。
「ゴブリンエンペラー」
ゴブリンの集団から出てきた1体の魔物。
初めて見る魔物だが、緑色の肌をした人間と同じような体型の魔物。肌の色、そして小鬼の頭を除けば人間と変わらない魔物は、金色の鎧を纏って、頭の上に金色の王冠を頂き、黄金の剣を手にしていた。
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