第36話 悪食女神の覚醒
「だぁぁぁあああ!」
メリッサの魔法による炎によって外から焼かれ、内側から炎鎧の熱によって吹き飛ばされて周囲にビチャビチャとスライムの飛沫が飛び散る。
その様子をスライムから飛び降りたキリエが眺めている。
「さすがに、あの程度の眷属であいつらをどうにかするのは無理だったか」
イリスの放つ氷柱をコウモリ魔物が回避する。しかし、回避した先には強烈な冷気を発生させる罠が設置されており、結界を構築することに特化していた魔物は翼を凍てつかされて地面へと落ちる。
足止めのスライムが吹き飛ばされ、結界もなくなった。
それでも、キリエには気にした様子がなくなった。
「どうやら向こうも終わったみたいです」
メリッサの目に映るのは女神セレスへ錫杖を叩き込むノエルの姿。
より正確に言うなら錫杖を通して神気が叩き込まれる。あのように不完全な状態なら神に対してダメージを与えられる神気は効果が絶大だ。
現に灰色だった体にヒビが入り始める。
この光景を見たキリエが俯いている。
「クククッ……ここまで上手くいくとは思っていなかったよ」
「……どういうことですか!?」
「わたしの目的は女神セレスの完全な復活だ。あんたらも当事者なんだから知っていると思うけど、神の復活を目論んだ事件があっただろ」
「獣神」
世界の終焉を望んだリゴール教が復活させた獣神。
不完全であったり、自我があやふやだったりしたためマルスたちの活躍により最小限の被害で留めることができた。そんな中途半端な状態だったとしても神が暴れれば国が亡んでいてもおかしくなかった。
「あの事件の裏に貴女たちがいたのは知っていました……まさか!」
「ああ、そうさ。あいつらには神を復活させた時の実験台になってもらった」
復活させた際にどのような問題が発生するのか。
だからこそ、不完全な状態で復活するよう中途半端な情報しか与えなかった。
「宝珠だって適した人物が使用すればもっと完全な状態で眷属を顕現させることができたはずだし、鍵は条件を限定させていれば解放までの時間を短縮させることができた。鏡も供物の量が十分なら完全な状態になっていたはずだ」
適した使い方を熟知していたキリエ。
彼らは敢えて教えなかった。
「おかげで、お前たちの手に負えただろ」
そして、マルスたちが対処に動くと分かっていたから被害の拡大を懸念していなかった。
「なぜ、そのような事を……」
「色々と方法を探してみたが、女神セレスを完全な状態で呼び覚ます方法は見つからなかった。なら、発想の逆転だ。不完全な状態で復活させた後で、完全な状態へと至る方法を考えることにしたんだ」
体に入ったヒビが割れ、内側から人が姿を現す。
その光景は、さながら孵化する動物のよう。
「さあ、完全なる女神セレスの復活だ」
「何をしたのですか……!?」
「わたしは神が復活する為に必要なものが得られる状況を作り出しただけだ」
☆ ☆ ☆
寝惚けたような表情をした女性が姿を現す。
透き通るような美しい肌に真っ白な長い髪、藍色のドレスを纏った美女。
先ほどまでと大きな違いはないが、人のような色が得られたことで美しさが際立つようになっていた。
「……っ!」
ブワッ!
女神セレスから強烈は威圧感が放たれる。
髪が乱れるほどの衝撃にノエルが後ろへ跳んで離れる。
離れたノエルの代わりに立ったのがキリエだ。
「マズい……」
「いったい何があった?」
メリッサとイリスも駆け寄ってくる。
炎鎧は消費が無視できないからさっさと迷宮へ戻してしまおう。
「たぶん余計な事をしてしまったんだと思う」
「余計な事? いいや、そんな事はないさ」
「それは、あなたにとっては都合が良かったからでしょ」
笑顔のキリエと怒っているノエル。
「どういう事なんだ?」
「どうやら神気による攻撃は問題だったようです」
状況を分かっているらしいメリッサに尋ねる。
「神気による攻撃……というよりもダメージを受けたことで女神セレスは顕現してから初めて『危機感』を覚えました。死にたくない――生への執着心が彼女の自我を目覚め起こしたのです」
あらかじめキリエによって攻撃を受けてもダメージはあるが、すぐに回帰できるよう仕組まれていた。
「あんなに中途半端な状態で復活させた獣神でもダメージを受けると神としての自我が僅かながら戻っていた。わたしは、そこにヒントを得させてもらったのさ」
呼び起こすなら特大のダメージが必要になる。
「神の存在を示唆すれば、あんたたちのパーティなら真っ先に動く。他の奴らに動かれると中途半端な覚醒になる可能性があったから、足止めと防御に回ってもらったのさ」
全てキリエが望んだように動いてしまった。
「後ろの惨状はついでか!」
俺たちの後ろにいる軍の生き残りは千人ほど。
まだ千人残っているが、2万人近い人間が消えてしまった。
「まさか、人に近しい彼女は人間を喰らうことで、魔物を喰うよりも元の姿を取り戻せる。本当は、もっと多くの人間を喰らいたいところだったけど、他の奴らはリュゼの獲物だからね。普通の人間だった頃から互いに知っている身として、あの子の願望を横取りするような真似はできないさ」
他の奴ら――ガルディス帝国軍の事だ。
彼女たちにとってガルディス軍は虐殺の対象でしかなく、グレンヴァルガ軍は餌でしかなかった。
「――感謝する」
女神セレスの口から美しい声で言葉が紡がれる。
「感謝?」
「そう。この地に満ちた膨大な魔力によって顕現したものの存在が曖昧だった妾には自分がなかった。けど、他の神を認識することによって己が神であることを思い出した。ありがとう」
水面から跳んだ女神セレスが俺たちの頭上を大きく跳び越えて撤退していた軍の中心に下り立つ。
「あ……」
そのまま最も近くにいた人物の首を掴んで持ち上げる。
そこは、決して偶然などではなく狙って落ちた場所だった。
「そして、お主たちほど甘美な存在はない」
掴み上げられていたのはオンタリア湖周辺の出身者の一人。
一瞬にして何も残さず消えてしまう。
自分の口回りを舌で舐める女神セレス。
「妾の事を知るだけに甘美。しかし、同時に酷く醜悪な味じゃ」
間違った姿のまま女神セレスを認識していたため本物には醜悪には感じられてしまう。
「間違った存在は彼女を狂わせる原因の一つ。けど、こうして自分を取り戻した今なら、間違った姿を知ることで極上の感情を持つことになる」
憎悪――自分を狂わせることになった原因を知ったことでガルディス帝国そのものが憎しみの対象となる。
「のう……最後の『巫女』よ」
「あ、わたしの事を覚えていてくれたんですね」
「当然であろう。神が『巫女』の事を忘れるなどあり得ぬ」
スッと鋭くされた女神セレスの視線が近くにある都市――オンタリアへと向けられる。
「あそこには妾を間違ったまま祀った神殿があるな」
「はい。忌々しい事に正しい姿を伝える神殿であるにもかかわらず、皇帝からの命令というだけで祀っていた像まで破壊し、間違った神を伝える神殿がございます」
「誤りは正さなければならないな」
右手を正面へ掲げる女神セレス。
「マズい……!」
向けた手の先にはオンタリアへ撤退中の生き残りがいる。
何をするつもりなのかは分からないけど、このままだと巻き添えをくらう可能性が高い。
「ははっ、邪魔させないよ」
「退け!」
俺たちの前に立ちはだかるキリエ。
突き出された拳を後ろへ跳んで回避すると彼女の足元から伸びてきたスライムの触手が腰に絡み付いて女神セレスとは反対方向へ投げられる。
「神の行いを人間が邪魔するべきじゃない」
キリエの足元にある地面から飛び出しているウネウネ唸っている半透明の触手。それが数十本とある。
「全部、吹き飛ばしたんだよな」
「見えていた物は全て吹き飛ばした」
「おいおい……まさか、アレで全部なんて思っていたんじゃないだろうな」
姿を見せていたスライムは全体の一部。
「それより神罰の瞬間だ。しっかり目を開いて見ておけよ」
女神セレスの眼前に描かれる緻密な魔法陣。人間の扱う魔法の使用時に現れる魔法陣とは比べようがないほどの緻密さがある。
「消し飛べ」
平然と紡がれた言葉。
次の瞬間、魔法陣から放たれた白い光が湖畔都市オンタリアを飲み込んだ。
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