第35話 グランドスライム
立ちはだかる巨大スライム。
先ほどから剣や錫杖を何度も叩き込んでいるが衝撃を吸収しているのか弾き返されるような手応えだけがある。メリッサの撃ち込んだ炎によって体の一部を蒸発させることに成功するが、すぐに消火されて再生されてしまった。
魔法攻撃は通用する。しかし、巨大スライムを倒すほどの攻撃となると簡単ではない。
そして、それを放置するキリエではない。
「悪いけど、わたしの目的は女神セレスの完全な復活――自分を取り戻してもらうことなんだ。それだけは絶対に邪魔させるつもりはない」
「その食事で餌になるのは、あの人たちなんだろ」
オンタリア湖へと近付くリザードマン。
さらにリザードマンを追ったグレンヴァルガ帝国軍もいる。
「どうやら女神セレスには魔物を呼び寄せる力もあるみたい」
ノエルが教えてくれる。
だから、リザードマンは帝国軍との戦いを放棄して湖へ向かった。
「元々は魔物を浄化する力を持った湖へ誘き寄せる。そんな力が顕現した能力らしいけど、今は餌を誘き寄せる為にしか使っていないな」
女神セレスに呼ばれたリザードマン。
だが、友好的な関係を築く為の招きではない。むしろ、リザードマンと女神セレスは敵対している関係と言っていい。
そのため、リザードマンたちは敵意をむき出しにして襲い掛かっていた。
複数のリザードマンの持つ槍が女神セレスを串刺しにする。
しかし、水にでも突き刺したように女神セレスの体を貫通している。槍による物理攻撃が通用しない。それが分かった瞬間、勝敗は決した。
シーサーペントのように真っ黒な粒子となって消えるリザードマン。
「なんだ、あれは……?」
それを遠くから眺めていたホルクス将軍が呟く。
だが、異様な光景を前にして呆けている場合などではない。女神セレスにとってメインディッシュとなるのは帝国軍の方だ。
女神セレスの真っ白な長い髪が再び幾分にも分裂して鎌へ形状を変える。
「がはっ……」
「な、に……?」
ホルクス将軍に隣にいた兵士が伸ばされた鎌に貫かれる。
副官として長く仕えてくれていた人物。それが一瞬の出来事によって亡くなり、死体すら残らない状態となった。
表情のはっきりしない女神セレスがニィと口角を上げる。
帝国軍のあちこちで虐殺が行われる。その度に女神セレスの体に人間らしい部分が取り戻されていく。
「クソッ、全員で来るんじゃなかった!」
先手を打つ為にイリスまで喚んで全員で先回りした。もしも、イリスを残したままにしていれば今の危機的状況を知らせることができた。
神は軍でどうにかできるような存在ではない。
神を相手にする上で必要とされるのは、集団による戦力ではなく、圧倒的な個人の戦力だ。
軍では餌食になるだけだ。
「今すぐ、引き返してください!」
撤退するよう叫ぶが、ホルクス将軍どころか兵士の誰にも反応してもらえない。
普通に叫んだだけでは戦場の喧騒に掻き消されてしまうが、魔法で拡散させている声が届いていないはずがない。
「何かしたか?」
「食事の邪魔はさせないって言っただろ」
『アレを』
シルビアが離れた場所にある木の上を見ていた。
枝の上に大きなコウモリがいる。普通のコウモリよりも二回りは大きいところを見ると、魔物だと思われる。
『あのコウモリが特殊な音波を放って声を相殺させています』
シルビアがさらに視線だけを動かして別の場所を見る。
気付けば、3匹のコウモリの魔物に囲まれていた。
簡易ながらコウモリの魔物による結界。ホルクス将軍も目の前にいる化物の異常さには気付いているだろうが、今までに遭遇したことのあるどの化物よりも危険であるため恐怖に震えている。
相応の時間を稼ぐ必要がある。
そして、その為には結界を突破する必要がある。
「消耗がどうのとか言っている暇はなさそうだ」
「あ、それ……」
「お前も迷宮の関係者だ。魔法陣を見ただけで気付くよな」
地面に描かれる魔法陣。
【迷宮魔法:召喚】用の魔法陣から現れるのは――炎鎧。
鎧に身を包んだ特殊なミノタウロスが姿を現した。
「状況は分かっているな」
「おう」
「少しでいい。突破できるだけの隙間を作ってくれ」
「おいおい、そんなつまらないセリフを言ってんじゃねぇよ」
真紅の炎に包まれる鎧。
炎鎧が炎を纏ったまま巨体を活かしてスライムへと突進する。
「受け止めろ、グランドスライム」
突進したことで炎鎧が押し込む。
しかし、体一つ分ほど奥へ進んだところで動きが止まってしまう。
「ハハッ、そんな攻撃じゃ……」
「舐めんじゃねぇ!」
そのままスライムの体で包み込んでしまおうとしていたキリエ。
だが、炎鎧の放つ熱にスライムの体が溶け、触れることが叶わないため包み込むことができない。
「ちょ……」
「上出来だ」
「あ!」
溶けたことでスライムの向こう側を見ることができた。
転移先の場所さえ目視することができたなら【跳躍】で移動する事も可能だ。半透明なおかげで女神セリアに倒される軍の姿は見えていても、転移するには不十分だった。
一緒に移動したのはシルビアとアイラ、それにノエルだ。
「おまえら……」
「二人はそのまま炎鎧と協力して、そいつらを足止めしていろ」
「おい、このまま燃やし尽くしてしまってもいいよな」
「……イリス、お前は炎鎧が暴走しないよう気を付けていてくれ」
炎鎧も自分を負かしたイリスには大人しい。
強力な炎鎧だが、迷宮の魔物は迷宮外で活動させると迷宮の魔力を消費してしまうという欠点がある。
そういう意味では、グランドスライムがキリエの指示に従っているのはおかしいことだ。迷宮眷属なら迷宮の魔物を従えることができる。しかし、暴走してから数日。シャルルやオネットが迷宮の魔物へ攻撃していたことから、暴走している魔物が迷宮の支配下にないことは明らか。そして、暴走から数日が経過した今でも平然としていることから迷宮から解放されているのも間違いない。
「あのスライムの出所が気になるところではあるけど、今は目の前の相手に集中した方がいいだろうな」
鎌のように形状を変化させた髪を切り払う。
まるで本物の金属を叩いた時のような音と手応えを感じる。
「マルス殿……」
「呆けている場合ですか!」
「……ッ、撤退だ! オンタリアまで走れ!」
ようやく神を前にした時の威圧感から解放されて撤退を指示する。
だが、少しばかり遅かった。
「オマエたち、ジャマ……」
数十本に分かれた鎌を切り払う。
近くではシルビアが機動力を活かして広範囲に渡って切り払い、アイラが太くまとめられた鎌を斬っている。
「なっ……!」
それでも3人で数十本を斬るには手が足りない。
少しずつ明るさが取り戻されていく。
『どうやら魔物を食べるよりも人間を食べた方が彼女の糧になるようですね』
屋敷からこちらの状況を確認していたティシュア様が教えてくれる。
「アレがどういう神様なのか分かりますか?」
『いいえ。自我が曖昧になっているせいか同じ神である私でも見破ることができません。十全に力を使えた頃なら、このような状態からでも見ることができたかもしれませんが……』
今のティシュア様は神の力をほとんど失っている。
ないものねだりをしたところで仕方ない。
『さて、神に対抗するには同じように神の力を有した者が必要になります』
俺とシルビア、アイラは軍を守る為に駆け付けた。
だが、ノエルだけは真っ直ぐ女神セレスへと向かっている。
『さあ――叩き込みなさい』
食事を優先させていた女神セレスも駆け寄るノエルに近付き、髪の鎌を向ける。
「っ……!」
ノエルの腕や足に掠る。
ギリギリで回避したつもりだったが、大部分を俺たちで引き受けていたとしても全てを回避できない。
「はぁぁぁ!」
湖へと近付いたノエルが女神セレスの胸に錫杖を叩き込む。
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