第28話 土壁内の蹂躙
拘束された状態で殺された兵士。
抵抗が少なかったことから最小限のダメージだけで殺すことに成功したため、わずかな量の血しか流れていない。
これがオネットなりの汚さない戦い方。
「少しは協力してあげることにします。これ以上、この場所が汚されてしまうのは我慢なりませんからね」
「だから、ごめんって」
「早く行きなさい」
「はーい」
リュゼが駆ける。
向かう先にいたのは未だに恐怖から動けずにいる部隊。複数人が固まっている場所はリュゼにとって格好の餌でしかない。
しかし、兵士たちの前にアイラとイリスが立ちはだかる。
「……邪魔だな」
自らに向かって振るわれる刃。
そこへ突っ込むような動きを見せるリュゼ。
一切の恐れを抱いていないかのような動きに戸惑いながらも二人が剣を振り抜く。
「今はアナタたちの相手をしている暇はないの」
「え……」
「どうして!?」
気付いた時には剣の間を潜り抜かれていた。
まるでシルビアの使う【壁抜け】のように綺麗な潜り抜け方……のように見えてしまったが、同時にアイラとイリスの剣が受け流される光景を目にしてしまっている。決してすり抜けた訳ではない。
8人を斬り捨て、9人目の体に剣を突き刺したところで動きが止まる。
「……捕まえたぞ」
大きな体を活かして魔剣を体で挟み込んでいた。男はすぐに死ぬだろうが、リュゼに魔剣を使わせなくさせることはできた。
そして、魔剣を握るリュゼの動きも止まる。
「今だ、やれ!」
そこへ複数の兵士が殺到する。兵士の手には槍が握られており、突き出された槍が串刺しにしようとしている。
だが、迫る槍を前にしてもリュゼは飄々としている。
「気概は認めてあげる」
槍を払い、無防備になった鎧を纏った体を押し出すと小さな体を活かして舞うような動きで囲まれた場所を飛び出す。
「けど昔に比べて練度が低い。アナタたちなら魔剣を使うのすら勿体ないかな」
「へ?」
右手に持っていた魔剣を消し、空いた手で兵士の槍を奪い取ると顔面へと突き刺す。
兵士は自分が何をされたのか知覚する暇もなく絶命する。
そのまま力任せに槍を突き込むと隣にいた兵士の胸も一緒に串刺しにしている。
「このっ……!」
「やっぱり来ると思った」
リュゼの凶行を止めようと斬り掛かるアイラの聖剣を左手に持った魔剣で受け流しながら、近くにいた兵士から奪った剣で兵士を斬り、投げることで離れた場所にいる兵士に突き刺す。
気付けばアイラの相手をしながら5人の兵士が斬り殺されていた。
そこへ頭上から先端の尖った氷柱が何本も落ちてくる。アイラへの迎撃を止めて後ろへと跳ぶリュゼ。イリスの飛ばしている氷柱は片手間で対処できるとは判断しなかったようだ。
「うん、そんな物は掴んでいる余裕はないからね。盾を使わせてもらうよ」
「や、止め……」
背を向けたまま跳んだ先にいた兵士の体を掴むと頭上へと投げる。
兵士の体に何本もの氷柱が突き刺さり、血を流した兵士が地面へと落ちてくる。氷柱と落下の衝撃。鎧を纏っていたおかげで生きているみたいだが、血を吐いて体を痙攣させている。息があったとしても、自力で動けるような状態ではない。他の兵士たちも自分が対処するだけで精一杯で助ける余裕はない。
「弓兵隊、放てッ!」
弓兵部隊を纏めていた部隊長から指示が出され、一斉に矢がリュゼに向かって放たれる。弓兵の表情は恐怖に震えていた。それでも攻撃して、どうにかしなければ自分たちが助かる可能性が低いことを知っているからこそ矢を射らずにはいられない。
雨のように迫って来る矢。アイラを置いて、矢に対して真っ向から駆けるリュゼは2回魔剣で斬り落としただけで弓兵部隊のいる場所へと辿り着く。
「早くどうにかしないと本当に全滅しちゃうよ」
☆ ☆ ☆
「相も変わらず苛烈な方……いえ、長年の念願が叶ったことで獲物を前にして、普段以上に興奮しているのでしょうね」
暴れ回るリュゼをレジャーナの門前から見ながらオネットが呟く。
メリッサの持つ杖から電撃の槍がオネットへ向かって放たれる。しかし、オネットが持つ扇に触れた瞬間、虚しくも霧散してしまった。
吹き荒れる突風がオネットの体を拘束するように唸る。だが、緻密に制御された魔法も扇に叩かれた直後に霧散してしまった。
魔法を無力化する能力を持った扇。
相手が迷宮眷属であるのだから普通では考えられないような武器を持っていたとしてもおかしくない。
「魔法が通用しないなら、これならどうだ!」
斧を手にした巨体の騎士がオネットへ振り下ろす。目敏いことにメリッサの魔法を目くらましにして接近していた。
女性の体なんて簡単に潰せそうな斧。
ガキン!
それを片手で持った扇で受け止めていた。
「ぉ、おぉ!」
騎士の体が宙に浮かぶ。
本人が戸惑っていることから彼の意思ではないようだ。
「私の願いは、ここを汚してほしくないだけです。その願いを穢すというのなら容赦するつもりはありませんわ」
ゴキッ!!
騎士の体から耳障りな音が聞こえてくる。地面に落ちた騎士の体は、あちこちがあり得ない方向に折れ曲がっており、頭は後ろを向いていた。屈強な男であろうとも捻じられてしまう。
倒れた騎士の体から極細の糸が舞って、オネットの方へと戻る。あの糸が騎士の体を持ち上げて、凄まじい力で捻じった。
「【堅糸結界】」
何重にも重ねられた糸がレジャーナの門を塞ぐ。
壁……というよりも繭のように門を包み込まれたことでレジャーナへ立ち入ることができなくなっていた。
「あまりやりたくなかったのですが、仕方ないですね」
「やりたくない?」
「ええ。攻撃から守ることはできますが、門を傷めることになるのでやりたくなかったところですわ」
近くで攻撃する方法を悩んでいたノエルの疑問に答えながら門を愛おしそうに撫でるオネット。その表情には、我が子を想う母親のような慈愛が含まれていた。
その事を直感したノエルが叫ぶ。
「そんな表情をできる人が、どうしてこんな簡単に人を殺せるの!?」
「決まっていますわ。『守るべきもの』と『どうでもいいもの』――そこに決定的なまでの違いがあるからですわ。私にとって、その辺に転がっている死体は、『どうでもいいもの』だっただけの話ですわ」
オネットの周囲にはいくつもの死体が転がっている。
最初にレジャーナへ駆けた騎士だけでなく、他の者も暴れ回っているリュゼよりも動きが少なく、戦えるような格好をしていないオネットの方が与し易いと判断して攻撃しようとした。
だが、結果は全員が失敗してしまった。
出口は全て塞がれてしまっている。
「どうすれば……」
隣で絶望した表情をしたまま俯くホランド将軍。
「兵士を指揮する立場にいる将軍がそんなことでいいんですか?」
「この状況でどうすればいい、と言うんだ……! たった二人に数万人の軍が蹂躙されている。悔しいが、あの二人に勝てないのは明白。ならば撤退したいところだが、あの二人を倒さなければ撤退は叶わない、という矛盾した状況。なぜ、彼女が……『黒姫』がいるのか知らないが、彼女はどうにもならない」
「黒姫……?」
金髪のオネットには相応しくない呼び名。
おそらくリュゼの事を言っているのだろう。
「彼女を知っているのですか?」
俺の問いにホランド将軍が頷く。
「知っている。だが、彼女が今も生きているはずがない」
「詳しく聞かせてもらいましょう……と、言いたいところですけど準備ができたので撤退を優先させることにしましょう」
地面に手をつく。手を通して俺の魔力が地面へと浸透して、周囲へ拡散される。
直後、野営する為に造られていた土壁が全て砂になって消える。
「チッ、面倒な事を……!」
舌打ちしたリュゼに睨み付けられる。
「今までは出口が限定されていましたから逃げられませんでしたけど、この状況なら全員は無理でも何人かは逃がすことができるでしょう」
☆書籍報告☆
発売まで、あと3日。
活動報告で特典情報公開しました。




