第11話 ガルディス帝国の神出鬼没な冒険者-後-
次に天幕へ連れて来られたのは若い男爵。
それから男爵を護衛する20代後半の騎士。
「何の用だ?」
彼らはリオが皇帝である事を知らなかった。
それでも、多くの騎士に守られた天幕にいる相手が皇帝もしくは皇帝に近しい存在であることには気づいた。
「あまり時間を掛けたくない。率直に聞く――こいつを知っているな」
「「……!?」」
投映された迷宮主の姿に対して二人が露骨に反応する。
間違いなく知っている。
「お前たちは、自分たちが呼び出された理由を知っているか?」
「いや……」
「俺はこいつを捜している。情報を集めた結果、元騎士である可能性が高いことが分かった。そっちの男爵――ネプトゥア男爵は騎士から出世して男爵になった話は聞いている。元騎士の男爵なら優遇もできるし、何かしら事情を知っているかもしれない、と思っていたが……どうやら正解だったみたいだ」
ネプトゥア男爵は、若い頃から才気を発揮して少数精鋭の部隊を編成して戦争で活躍することによって男爵になった。
その部隊に所属していた者も後に騎士となり昇進した。
グレンヴァルガ帝国側であるリオにとっては手痛い損害を食わされた相手なのだが、今は貴重な情報源だった。
「恐らくは、お前が率いていた部隊の一人。違うか?」
「……奴が何をした?」
「今回の騒動を引き起こした人物だ」
「そうか」
リオの言葉にネプトゥア男爵が項垂れる。
「くくくっ……」
しかし、俯いた彼の口から漏れてきたのは静かな笑い声。
「どうして、成功した私が……俺がこんな目に遭うのかと憤っていたが、奴の仕業だったか。それなら納得だ」
「そいつは何者だ?」
リオの質問に対して顔を上げるネプトゥア男爵。
その眼には、俯く前にはなかった狂気が満ちていた。
「……っ!?」
思わず後退る思いだった。
ここで彼が暴れたとしても俺たちの方が圧倒的に強いのだから制圧するのは簡単だ。しかし、少数精鋭の部隊を編成して戦争でも活躍した者だけが持つ気迫に強さとは無関係に押されてしまう。
「先ほど、興味のある事を言っていたな」
「ああ」
「奴――ゼオン・マディンについて俺が知っている情報を全て渡す。その代わり、そっちの国に余っている土地へ部下と領民の全てを移住させてほしい。それぐらいできるだろ」
強気な立場で交渉するネプトゥア男爵。
土地の明け渡しが、できるかとどうかで言えばできる。広大な国土を持つグレンヴァルガ帝国には、未開拓な土地が残されている。それにリオが皇帝に就任した際の騒動で貴族がいなくなって国の直轄地となって保留になっていた土地だってある。
ネプトゥア男爵を迎えられる土地は残されている。
「支援する条件に全面降伏を要求しているのは知っている。王族や公爵連中が簡単に受け入れるとは思えない。それでも、受け入れざるを得ないだろう」
全面降伏時に貴族の爵位が没収されるのは彼も知っている。
もちろん、ネプトゥア男爵の爵位も没収されて平民へ戻ることになる。
「元々が平民上がりだった身だ。爵位を捨てるぐらいで生きられるなら儲けもの、なんていう風に考えていたところだったけど、思わぬ形で取り戻せるかもしれないチャンスが転がり込んできた」
爵位は没収される。
しかし、その後で同等の地位を手にする方法がない訳ではない。
「ゼオン・マディンについて知っている貴族は多い。だけど、そいつらが知っているのは奴の一端だけだ。奴を率いていた俺以上に奴の情報を持っている人間はいないぞ」
自分が最も情報を持っている。
そう示唆することで自分の価値を高めている。
「平民上がりにしては交渉が随分と上手いじゃないか」
「平民上がりだからこそ、だ。無能な貴族連中は俺の事を必ず下に見てくる。下に見ていた奴ほど騙しやすいぜ」
「ま、言いたい事は俺も分かるな」
リオも他の皇族から下に……いない者として扱われていた。
だからこそ、誰もがリオの事に注目していなかった。そのおかげで自由に動くことができ、皇帝に成れる力を手にすることができた。
「さ、俺から情報を買うか?」
名前は分かった。
もう一つの情報源へ視線を向ける。
「僕は……見返りなんてなくても教えていいと思っています」
「ニックス!」
「けど、今の僕はネプトゥア家に仕える騎士です。旦那様……隊長の判断に従うことにします」
ニックスという青年もネプトゥア男爵の部隊に所属していた兵士。
「僕たちは知るべきでない、と言われていたのに無理を言って聞いてしまったせいで国から疎まれる存在になりました。部隊の何人かは国に仕えているみたいですけど、仕われている方も事情を知っているから気分はよくないはずです」
彼らが知ってしまったのは、戦争で死に物狂いになってまで功績を挙げたにもかかわらず騎士になることができなかったゼオンの事情。
国にとってはタブーとされていた事実だった。
「両親は僕たちの功績にすごく期待してくれていましたから気まずくて騎士になれなかった、なんて言えるはずがないですよ」
その後、男爵になったネプトゥア男爵に雇われるようにして仕えることになった。
部隊に所属していた他の者も同様。お互いに事情を知っているだけにやり易かった、との事だ。
「ニックスは部隊にいた誰よりもゼオンと親しかった。連れてきたのは偶然だったんだろうが、俺の知らないところで最も詳しいのはニックスだと思ってくれて構わない」
「いったい、何があったんだ……?」
知った者の誰もが気まずくなるような事情。
「簡単な話だ。家名があるんだからゼオンが貴族なのは分かるだろ」
「ああ」
「正確には元貴族――没落した貴族だ。奴は曽祖父で最後となったマディン家を復興させようと必死だった」
ゼオンが生まれた時には貴族だった頃の面影は全くなく、平民として生を受けていた。
父親や祖父は、過去の栄光に縋っており平民になったというのに『マディン』という名前を捨てることができなかった。
自然とゼオンも『マディン』を名乗るようになる。
そして、彼がマディン家を復興させる為の手段として選んだのが騎士になる道だった。準貴族とはいえ、貴族であることには変わりない。ネプトゥア男爵のように成功すれば、いずれはきちんとした爵位を手にすることができるかもしれない。
……そんな淡い期待を抱いていた。
才能がないながらに見様見真似でガルディス帝国剣術を身に付けた。
実力があり、功績も手にしたゼオンは騎士となるには十分だった。現に同じような立場にいたニックスたち部隊員は騎士へ迎え入れられていた。
「だけど、奴だけが騎士になることができなかった。いや、奴には最初からマディン家の復興なんて許されていなかったんだ」
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