第9話 ガルディス帝国の神出鬼没な冒険者-前-
ギルドマスターのボルドー。
受付嬢のレミネ。
Sランク冒険者のバスディン。
「君たちは自分の状況を理解しているかな?」
冒険者をまとめる立場にあるボルドーにはモンストンを防衛する義務があった。だが、さすがに領主が逃げ出して都市を占領されるほどの被害に遭えば罪に問われることはない。さすがに都市と運命を共にしろ、とまでは言われていない。
国を守護する義務があるバスディンも同様だ。さすがに国が滅んでしまう事態に直面しているにもかかわらず罪に問うのはあまりに酷だ。
それでも、彼らが窮地に立たされているのは間違いない。
どちらも自分の立場を失ってしまっている。
「……もちろんだ。で、オレたちに何の用だ?」
ボルドーがふてぶてしい態度で尋ねてくる。
事前に聞いていた話によればボルドーは元冒険者で腕っぷしを買われてギルドマスターに就任した。戦場から近くにあるモンストンの冒険者ギルドには、なによりも力を求められているが故の採用だった。
そんな彼にとって今の状況は許容限界を越えていた。何もできず、状況に流されるまま騎士に天幕まで連れられた。
「俺がここを訪れた目的を言おう」
「目的? 戦場の視察じゃないのか」
「そんな表向きな理由じゃない。ガルディス帝国にいると思われる、ある人物を探している。だが、国外からだと集められる情報に限界があった」
冒険者の情報は冒険者ギルドに登録されている。
しかし、独立機関である冒険者ギルドが相手では皇帝の命令でも個人の情報を開示させることはできなかった。
「そこで、俺と目的を同じにしている冒険者の一人を潜入させることにした」
3人の視線が天幕の隅にいる俺へ向けられる。
「冒険者マルス」
「へぇ、随分と俺も有名になったな」
「冒険者ギルドに携わる者で知らない方がおかしい。それまで全くの無名だったにもかかわらず瞬く間に活躍した男。どうやらSランク冒険者になるつもりはないみたいで、辺境に引き籠っている。そして、グレンヴァルガ皇帝の懐刀」
別にリオの部下になったつもりはない。
それでも、何度かSランク冒険者でもないのにリオからの要請を受けていれば、それなりに親しい間柄だというのは分かるはず。
「現地へ俺が赴いて情報を集めるつもりだった。だけど、それも確実じゃない。そこで、お前たちに協力してほしい」
要求するのは、本来なら開示することがない冒険者の情報。
これまでに会った迷宮主に眷属と思われるリュゼとオネット、弓士の女。彼らの戦闘力は高く、装備や戦闘能力の特異性から均一的な力を求められる兵士や騎士ではなく冒険者の方が近いと予想できる。
それに迷宮主が活動するなら自由な冒険者の方が適している。
「そいつは今回の騒動にも深く関わっている可能性が高い」
「「「!?」」」
唐突に始まった魔物の暴走。
ガルディス帝国側の人々は誰も詳細を知ることができずにいた。それが、犯人の目星までつけていることが信じられなかった。
「冒険者の情報を渡すのがどういうことなのか分かっているのか?」
「もちろんだ。だが、お前たちは快く情報を明け渡すことになるさ」
「ふん、随分と舐められた……」
「有益な情報がもらえた場合には、それなりのポストを用意すると約束しよう」
「「「!?」」」
三人がビクッと反応する。
「今後オネイロス平原のグレンヴァルガ帝国側は、ガルディス帝国攻略の拠点として開拓されることになる。向こうには無限と思えるほど大量の魔物がウヨウヨしている。方法さえ確立させたなら冒険者にとっては絶好の狩場になる可能性がある。近くの都市まで持って行くよりは、ここに冒険者ギルドを用意した方がいいだろ」
「そうだろうな。素材は新鮮な方がいい」
「ここはモンストンにも近い。なら、似たような依頼が多くなることだろうしノウハウを知っている者が欲しいところなんだよ」
そこで、ボルドーを求めている。
モンストンでギルドマスターを何年も務めたボルドーはまさに打って付けの人材だった。
「いいだろう」
「え、ギルドマスター?」
「おい、正気かよ!」
こちらの要求をあっさりと呑んだボルドーに左右のレミネとバスディンが驚く。
「そんなに不思議な事ではないだろ。若い頃に鍛えた体があるから威厳を見せて若い冒険者を従える事ぐらいはできる。だが、そこまでだ。今のオレに現役のように体を動かして稼ぐことなんてできるはずがない」
ちょっと情報を売り渡すだけで手に入るイス。
しかも、自分を苦しめた相手かもしれないとあってボルドーから罪悪感が消えていた。
「情報を提供してくれるなら優遇しよう。で、二人はどうする?」
受付嬢ならギルドマスターよりも現場で接している機会は多い。
Sランク冒険者なら国内で妙な噂になっている冒険者がいれば耳にしている可能性が高いと考えて連れて来てもらった。
レミネとバスディンがいるのは完全に偶然。レミネはボルドーの傍で手伝いをしていたため連れて来られ、バスディンは皇帝の護衛としてオネイロス平原まで同行してドサクサに紛れてそのまま逃げようとしていたところを捕まっていた。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「私は重要なポストとかいらないので、平和な街で両親や弟と一緒に暮らせるようにしてください」
「レミネ君……」
「ギルドマスター、今までお世話になりました。貴方には色々とよくしてもらいましたけど、私は家族を守らないといけないんです」
俺たちよりも年下のレミネがギルドマスターの手伝いをしているのには違和感があった。
けれども、離れていく決断をしたレミネを悔しそうに見ているボルドーの顔を見て違和感が消えた。どこまでの関係だったのかは分からないけど、ギルドマスターと愛人関係にあったからこそ仕事にありつくことができたんだろう。
「本当にいらないんだな?」
「はい」
「だったら住む場所と仕事を用意しよう」
後に聞かされた話では、レミネと彼女の家族には帝都に家が与えられて、帝都にある冒険者ギルドの受付嬢としての仕事が斡旋されることになった。
皇帝だからと言って命令を下すことはできない。それでも、冒険者ギルドを維持していく為に必要な支援金が国から出されている。支援金を減額、もしくは打ち切られるようなことになれば困るのはギルドであるため可能な範囲でなら融通を効かせることができる。今回は紹介と斡旋で済んだから受け入れてもらえた。
「なら、俺はそっちの兄ちゃんにでも頼もうか」
「俺?」
「そうだ。もう35になって十分に稼ぐことができた」
そう言って自らの収納リングから金貨の詰まった革袋をいくつも取り出す。
少なくとも数百枚はありそうな量だ。
「万が一の場合に備えて金は隠してあった。どこかで隠棲させてほしい。静かな辺境で暮らせるよう融通を効かせてもらえると助かる」
「それぐらいなら構わないけど、俺にできることなんて限られているぞ」
「いや、お前の紹介が必要なんだ」
バスディンの思惑が分かった。
ここから逃げるような真似をすれば批難されるのは間違いない。だから、俺が紹介することによって彼の身元を保証し、そして身の安全を保障させるのが目的。
俺がアリスターにとって欠かせない存在であることにバスディンは気付いている。バスディンを追放するような真似をすれば紹介した俺の名前にも傷を付けることになるため今後の活動に支障を来たす。迷宮さえあれば稼ぐことはできるのだが、世間体というものがある。
「いいだろう。住む場所を確保できるよう協力するし、割のいい仕事も紹介してやる」
顔を近づけて念押しする。
「その代わり――誤った情報を渡した場合はどうなるのか、覚悟をしておけよ」
「あ、ああ……!」
バスディンが汗をダラダラと流す。
少しばかり凄んでやったのだが、最前線を離れて久しい彼には辛かったのかもしれない。
まあ、本当に碌な情報を渡さなかった時は迷宮送りにするだけだ。
「俺たちが捜しているのはこいつらだ」
分かりやすいよう姿の分かっている4人を幻影で空中に描く。
「……」
「名前が分かっているのはリュゼ、オネットの二人のみ。男と弓を扱う女については名前すら分かっていない」
「知らねぇな」
首を傾げるボルドー。
やはり、簡単に分かるはずがなかった。冒険者としてギルドを利用するにしても顔や名前を変えるなりして利用しているのかもしれない。
顔ぐらいしか分かっていない現状では見つけるのは至難……
「おい、もしかしてオネットとかいう女は、貴族っぽい姿をした神出鬼没な冒険者の女じゃないか?」
「ああ! たしかに彼女っぽいですね」
どうやらボルドーは心当たりがないようだが、レミネとバスディンにはオネットに心当たりがあるようだった。
☆書籍情報☆
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