第8話 停戦への暴動
「待て! それ以上進むな!」
グレンヴァルガ帝国軍が駐屯地としている場所の近くでホルクス将軍が叫ぶ。
彼の傍には何十人という兵士が武器を構えて隊列を組んでおり、侵入してくる者を阻もうとしていた。
叫んだ先にいるのはガルディス帝国からの避難民。
避難民は一様に疲れた顔をしていたものの緊迫感に包まれており、兵士や将軍と相対したことによって一色触発といった状態になっていた。
「頼む……助けてくれ!」
「食料が足りないんだ」
「子供がぐったりしているんです……」
彼らの要求は支援。
食料を確保している軍から支給されたものの満足できる量ではない。おまけに、オネイロス平原へ辿り着くまで困憊していたせいで疲労が癒えていない。
そんな状態でグレンヴァルガ帝国は十分な食料を使って食事をしていた。戦場ということもあって質素な食事だったが、頭の中に『飢え』が過ぎるようなことはない量だった。
昨日の夜はギリギリ我慢できた。しかし、今朝になって供給されたのは4人でパンが一つだけ。おまけに食事の供給は、これを最後にするということも告げられてしまった。
絶望に襲われた避難民たちは余裕のあるグレンヴァルガ帝国へ助けを求めた。
しかし、彼らを待っていたのは急拵えで簡素だったが、杭を地面に打ち込んで間をロープで繋いだ柵。罠がある訳でもないため飛び越えるのは不可能ではない。けれども、避難民が訪れるのを歓迎していないことは見る者に伝わった。
もし、飛び越えるようなことをすれば……
「こちらへ来た瞬間に君たちを不法入国者と見做す。戦争状態で緊迫している状況では現場の裁量で処分も有り得ると考えてほしい」
「そ、そんな……」
戦時中でもなければ比較的自由に移動することができ、審査の必要があったとしても簡単な審査だけで通してもらうことができる。
これが戦時中は間者の侵入を警戒して移動を完全に禁止してしまうか、厳しい審査を必要とするようになる。
緊急事態ではあるものの停戦協定を結んだ訳ではない。つまり、今も戦時中であるのは間違いない。
「そんな事を言っている場合か!」
大柄な男性が声を上げる。
その声に子供や女性が体をビクッと震わせてしまうが、男性に気付いた様子はない。
そして、ホランド将軍も大声を気にしていなかった。
「そうは言うが支援を断ったのはガルディス帝国の方だ」
「な、なにっ……!?」
「こちらは支援をする準備がある。そこで戦争を停戦するよう申し入れた。こういう事はきちんとしておかなければならないからな。ところが、交渉に当たったガルディス帝国の者がそれを拒んでしまった」
だから支援をすることができない。
重要な事を言っていないだけで嘘を一切言っていないのがホランド将軍の凄いところだ。
「諸君が憤る気持ちは分かる。しかし、憤る相手を間違えてはいけない」
「相手って……」
「私たちは誠意を見せる準備がある。それに応えようとしないのは交渉に当たった皇族だ」
避難民を纏めるにあたってクゥエンティ将軍は、自分が皇帝の孫であることを伝えてある。
皇帝の孫なら……地位を示されたことで誰もが信頼した。
しかし、その事が今は裏目に出てしまっている。
交渉に当たったのが皇族だと知って、誰もがクゥエンティ将軍を思い浮かべていた。
「説得するなら彼から……いや、今は彼の祖父も逃げて来ているみたいだから皇帝に直訴するのも一つの手かもしれない」
全員の目が大きな天幕へと向けられる。
騎士に守られているため間違うはずがない。
「彼らは天幕に引き籠り、民を助けることもせず何をしているんだろうな」
「……行くぞ」
「ああ」
人々の足が皇帝のいる天幕へと向けられる。
護衛をしている騎士が自分たちの方へ向かって来る群衆にギョッとなる。
皇帝の天幕ということで30人もの騎士が囲んでいた。天幕だけに対して過剰とも言える数だったが、戦場に用意されているためグレンヴァルガ帝国から何をされるのか分からないため防衛に必要な数だった。
ところが、敵は内側から現れた。
「お、お前たち……どうした?」
迫る避難民を前に騎士が動揺する。
騎士の実力を考えれば民衆など恐れる必要などない。おまけに30人もいるのだから町程度なら鎮圧できる自信があった。
ところが、迫っているのは数百人どころか数万人に達しようかという数の人間。
圧倒的な数を前に恐れる。
「何事だ!」
「陛下、お下がりください」
「……いたぞ」
皇帝の顔を見たことがある者は少ない。
それでも騎士すら食事を制限され披露の滲んだ顔をしている中、血色のいい顔をしていて騎士に守られている。
栄養不足に陥り始めていた人々は短絡的に結論付ける。
「奴が皇帝だ」
「おい、どうして戦争を続けているんだよ」
まるでゾンビのように群がる群衆。
「分かっているのか!? 降伏したら奴らの言いなりになるんだぞ!」
「そんなこと知るか!」
食糧不足。
魔物にいつ襲われてもおかしくない。
これまでの生活を捨てなければならない。
様々な要因によるストレスが積み重なり、ここにきて爆発した。
「もう戦争なんてしている状況じゃねぇんだよ! 降伏しないって言うならテメェらなんて邪魔なだけだ!」
どこかから、そんな声が上がる。
その言葉に凄まじい勢いでユスティオス皇帝が反応する。
「きさま、ら……!」
「おう。こいつを皇帝から引き摺り下ろせ」
天幕へ押し寄せる群衆。
騎士が守ろうと必死になっているが、騎士も満足な食事が得られていなかったせいで暴走を起こして後先を考えずに行動する群衆を抑えることができない。
結局、皇帝は捕らえられてしまった
☆ ☆ ☆
「どうやらユスティオス皇帝はこっちのやった事に気付いたみたいだな」
暴動が始まる直前に上がった言葉。
あれを言ったのはグレンヴァルガ帝国の兵士だった。
「敵国に潜入した間諜が詳しい事情を知らない群衆を煽って暴動を起こさせるなんてよくある話だ」
領主に対して暴動を起こさせることによって自国の戦力を消耗することなく敵国の戦力を消耗させる。
普段は村や町で行う。間諜が行っているのは小さな種火を爆発させるようなものだが、相手の鎮火する能力の方が上回ってしまうと簡単に鎮圧されてしまう。
今回は都市どころか国家レベルでの暴動。
それが成功したのは、種火を燻らせていた人の数多く、ストレスによって正常な判断が失われていたからだ。前にも後ろにも行くことができない状況で、明確な侵攻先を示されたことで暴動へと繋がった。
その様子を朝からリオの天幕内で使い魔を通して覗いていた。
皇帝の天幕ということで10人の騎士に守られていた。普段と比べたら明らかに多いが、ガルディス帝国の天幕と比べて少ないのは彼らには皇帝の護衛よりもやるべき事があるからだ。
「陛下」
「お、来たな」
そんな状況で俺たちは来客を待っていた。
騎士に連れられて天幕へ入って来たのは白髪の壮年男性と冒険者ギルドの制服を着た若い女性、それから2本の剣を背負った冒険者だと思われる男性。
「ここから最も近くの都市――モンストンにある冒険者ギルドでギルドマスターをしていたボルドー、彼の秘書もしていた受付嬢のレミネ、ガルディス帝国のSランク冒険者であるバスディンをお連れしました」
☆書籍情報☆
イラストを見た瞬間感動しましたね。
口絵のシルビアがめっちゃ気に入りました。




