第7話 ガルディス帝国皇帝
ガルディス帝国の為に解放されたオネイロス平原。
そこに張られた天幕の中でも大きな天幕へ二人の男性が入って行く。
一人は、長い白髪に顎髭を拵えた老人。聞いていた年齢の通りなら既に60歳を超えているなはずなのだが、老人だと思えないほど鍛えられた肉体で鎧を纏って歩いていた。
逆にもう一人の方は40代なはずなのだが、疲れているように見える表情をしているせいで隣にいる人物と見比べると若い彼の方が老けているように思える。
「陛下!」
天幕の中、一人で頭を悩ませていたクゥエンティ将軍がガバッと顔を上げる。
彼の目に映ったのは、世界で最も頼りになる存在。思わず駆け寄りたくなるのをグッと堪える。ただ、皇帝の方も孫が大きくなってもそういった行動に出ることを嬉しく思い、迎え入れたかったのだが踏み止まったことで耐えていた。
「久し振りだなクゥエンティ」
「はっ!」
膝をついて頭を下げるクゥエンティ。
彼はあくまでも将軍の一人として対応しようとしている。
「ここには身内しかいない。礼儀など気にする必要がないから堅苦しい言葉遣いはなしでいこう」
「ありがとうございます」
「今は一刻の猶予もなさそうだ」
馬車で帝都からオネイロス平原まで駆け付けた皇帝ユスティオス。
「お爺様がこの場へ直接いらっしゃった、ということは……」
「口惜しいことではあるが、魔物共に帝都は占拠された」
オークやオーガといった人型の魔物が貴族の使う大きな屋敷を自分の物のように扱い、他の魔物と一緒に食料を食い漁っている。
最初の襲撃から5日。
既に帝都は以前の面影が残されていなかった。
「お前にはグレンヴァルガ帝国との交渉を頼んでおいたはずだ。どうなったのか教えてほしい」
「はい……」
クゥエンティが今朝の会談でどのような交渉が行われたのか語る。
リオが提示した支援の条件を聞いた瞬間、ユスティオス皇帝の顔が真っ赤になりテーブルへ拳を叩き付ける。
「あの若造が! 奴には慈悲というものがないのか」
「まったくだ!」
ユスティオス皇帝と一緒に天幕へ入って来た男が同意する。
しかし、皇帝にとってはその反応が気に食わなかったのか殴って黙らされる。
「お、おやじ……」
「貴様の意見など聞いておらん。大人しく黙っておれ」
殴られた男はユスティオス皇帝の息子――クゥエンティの父親に当たる人物だった。
本来なら皇太子として丁重に扱われ、年齢を考えれば皇帝の地位を継いでいてもおかしくない立場だった。だが、ユスティオス皇帝からの扱いは皇族とは思えない散々なものだった。
「クソッ、俺はあんたの子供の中で唯一残った男だぞ」
「そうだな。だから、何かあった時に使い捨てられる程度の価値を残しておく為に俺の隣に置いてやっている」
ユスティオス皇帝には三人の息子と二人の娘がいた。
二人の娘は国内の有力貴族へと嫁ぎ、順調に長男が皇帝の地位を継ぐ予定で次男も何かあった時の予備もしくは補佐として活躍するつもりだった。
彼――トリュロスは齢が離れていたこともあって父や兄から放置されて育った。子供だったトリュロスは家族の気を惹こうと優秀な成績を収めて認めてもらおうとしたが、家族の誰も見てくれなかった。
次第に大好きだった家族を憎むようになる。
そこをガルディス帝国の貴族から付け込まれたのが悲劇の始まりだった。
「甘い汁を啜ることしか考えていない連中に唆された挙句、機密を渡し、二人の兄が亡くなる原因を作ったお前が生きていられるだけでもありがたいと思え」
「はい……」
彼らの真意など知らずに手助けしたことによって優秀だった二人の皇子は命を落とすことになった。
さらに子供もいなかったことから後継者はトリュロス一人しかいなくなった。ガルディス帝国の法律では、女性が皇帝になることは認められておらず、その男児も不可能だったためだ。
だが、トリュロスの犯した罪を考えれば皇帝になることを認める訳にはいかない。次善策としてユスティオス皇帝が選んだのは有力貴族の令嬢との間に儲けたクゥエンティに皇帝の地位を引き継がせることだった。
幸いにして母親家族から深い愛情を注がれたクゥエンティは、捻くれることもなく失敗をしない程度には育ってくれた。
「それで、どうしますか?」
「どうするもこうするもない。俺がここまで来たのだから直接皇帝と交渉する」
「奴は支援するでしょうか」
「必ず認めさせてやる。ここで俺たちを見捨てるということは、奴に血も涙もない冷酷な皇帝というイメージが付き纏うことになる。奴とて、それは困るはずだ」
帝国において皇帝の権力は強い。
だが、全てが自分一人で決められる訳ではなく貴族たちの協力が必要になる。
皇帝である為には絶対的な権威が必要になる。そして、悪いイメージを与えるような噂が広がると権威は瞬く間に脆くなる。
そうした状況になると野心を抱く者が現れる。その事をユスティオス皇帝は身を以て知っていた。彼も信頼していた公爵に裏切られたため二人の息子を失うことになり、残った息子も嫌悪せずにはいられなくなった。
「奴に現状を理解させる。今がどういう状況なのか知って苦しくならない者などいるはずがない」
☆ ☆ ☆
「――なんていう事を言っているけど、どうする?」
その後は天幕内で身内だけの話し合いが行われる。
それが、支援が行われることを前提に自分たちがどうするべきなのか、といったものだ。
「バカだろ」
天幕内の様子をリオが切り捨てる。
監視をされていないか天幕へ入る前に警戒していたユスティオスとトリュロス。皇帝の利用する天幕ということで天幕と場所を提供しているグレンヴァルガ帝国の関係者も近付くことができず、ガルディス帝国の騎士も離れた場所から護衛するに留まっていた。
おかげで天幕の外に監視を付けることができなかった。
だが、俺たちは迷宮主。通常の方法とは異なった手段で天幕内の様子を知ることができる。
「地中から話を聞かれているとも知らないでペラペラ喋りやがって」
地中を土竜型の魔物が掘り進み、ずっと聞き耳を立てていた。
これがガルディス帝国内なら防音設備が施された屋内で話をしていたため地中から監視していても会話を聞き取ることはできなかった。
ところが、彼がいるのはグレンヴァルガ帝国内の領土。地中にいる相手へ対策するような余裕はなかった。
「奴らが何をしようとしてくるのかは読める」
それは俺も同感だ。
困窮する人々の姿を見せ、同情させることで少しでも有利な条件を引き出すつもりでいる。
「悪いが、俺は条件を引き下げるつもりはない」
リオの決心は強い。
ユスティオス皇帝はリオが悪評を気にすると思っているようだけど、悪評を受けることを覚悟していることには気づいていない。
『いえ、彼らが行動を実行に移すことはできません』
「……どういうことだ?」
こちらの様子は俺とリオ両方の眷属も把握していた。
スキルを使用して未来を観測したマリーさんがユスティオス皇帝の思惑は失敗に終わると告げる。
『彼らはここまで到達することすらできません。その為に必要な仕掛けをちょっと用意することにしましょう』
マリーさんが観測した未来に必要な出来事。
「それは、軍の方でやってくれるだろうからいいけど……」
『今もやってくれています。ですが、必要なのは誰もが理解できるよう声高に叫ぶことです。そして、多くの注目を集めるようにしてください』
しかも、ユスティオス皇帝の見ている前で行うことで最大の効果を発揮することになる。
そこにリオはいない方がいいだろう。
☆書籍情報☆
イラストレーターは落合雅先生。
表紙を飾るのはヒロインのシルビアです。




