第4話 支援要請
他よりも頑丈で大きな天幕。
戦場ということで皇帝との謁見も天幕で行われることとなった。
広い天幕内。奥の椅子に座ったリオが目の前にいる青年を見つめる。俺たちと同年代ぐらいの青年なのだが、皇帝と十人の家臣、それに今回も同席させてもらった俺を前にしても緊張した様子がない。それだけ青年自身も修羅場を潜り抜けてきた証拠でもある。
「ガルディス帝国南方方面軍所属クゥエンティ将軍です」
クゥエンティ将軍。
グレンヴァルガ帝国との戦争に指揮官の一人として参加しており、若くして将軍へ昇格した稀代の天才……などと言われているが、実際のところは祖父であるガルディス帝国の皇帝が箔付の為に昇格させたようなものだ。目立った功績がなかったとしても戦争に将軍として参加した、という事実が欲しかった。
実際の指揮を行っていた者は別におり、彼はお飾りに過ぎなかった。
そのため、実際の指揮官も隣にいる。
けれども、交渉を行うのはクゥエンティ将軍。お飾りだったとしても表向きな指揮官であることには変わりないため交渉することとなった。
実際の指揮官――ホランド将軍としては、クゥエンティ将軍の交渉への不参加が望ましかった。しかし、表向きな指揮官が誰であるのか、そしてクゥエンティ将軍の素性まで知っているグレンヴァルガ帝国側が認めなかった。
彼に出来る事と言えば、隣で皇子が何かしら失態を犯さないよう祈ることぐらいだった。
「グレンヴァルガ帝国皇帝グロリオだ」
「おお、皇帝陛下であらせられましたか。陛下がおられる時にこのような事態が起こってしまったのは我が国にとって不幸中の幸いです」
「……そうだな」
実際には敵の迷宮主がタイミングを狙って引き起こしている。
真実を知っているだけに意味深に頷いてしまったリオだったが、クゥエンティ将軍はそんな事に気付かず話を続ける。
「今、我が国で何が起こっているのか説明させていただきます」
始まりは唐突だった。
いつものように安全な都市の中で過ごしていると魔物の襲撃が始まった。オーガのように巨体で武器を扱える魔物がどこから調達してきたのか丸太を手に門へ突進を繰り返す。
頑丈に造られていた門だったが、オーガの凄まじい膂力の前では耐え切ることができずに1時間ほどで門が解放されることとなってしまった。
そこから多くの魔物が都市内部へと押し寄せる。
人々は唐突な襲撃に秩序などなく逃げ惑うしかなかった。そもそもが都市の防衛とは頑丈な外壁によって守られている状況で内側から外側を攻撃することに重点が置かれている。
都市内へ侵入された時点で窮地に陥っていた。
建物が破壊される中、勇気ある若い冒険者が魔物を攻撃し倒すことに成功した。
「ですが、多勢に無勢だったようです」
オークを1体倒すことに成功した。
しかし、その間に他の魔物から包囲されてしまったせいで若い冒険者はその命を落とすことになってしまった。
他の場所でも冒険者が戦ったことで戦果と同時に被害を出した。
逃げる一般人。兵士が避難誘導を行い、冒険者たちが魔物との戦闘へ対処することとなった。魔物との戦闘なら対人経験を重視している兵士よりも冒険者の方が活躍することができる為だった。
敵の迷宮主から話を聞いた今だからこそ分かるが、その時に魔物へ不用意な攻撃を仕掛けなければ冒険者たちが犠牲になることはなかった。
とはいえ、そんな事を言っても後の祭り。喜々として建物を魔物が破壊している状況で不安にならない方がおかしい。それに、その時の冒険者たちは一般人を守るという使命感に燃えていた。
「彼らの奮戦もあって多くの人々を逃がすことができました」
得意顔になるクゥエンティ将軍。
隣にいるホランド将軍をリオが見ると真面目な顔で頷いている。どうやら実務的な指揮官も同様の事を思っているようだ。
真実を知っている身としてはちぐはぐだ。
「前線にいた私には、都市に残された少ない兵士が奮闘する姿を話に聞くことぐらいしかできませんが、彼らから避難民を託された者として彼らの命を保障する義務があります」
避難して生き延びただけでは不足している。
「まず、食料が不足しております」
着の身着のまま逃げることとなった人々。
彼らは当然ながら食料など持っておらず、昨日は騒ぎを逸早く察したホランド将軍の手によって最前線にある要塞から運び出された食料を支給することで飢えを凌いだ。
しかし、避難民の数は十数万。今後も増える予定でいる。
とてもではないが運び出した食料だけで食い繋ぐことができる訳がない。
「具体的に言え」
「え……」
「どれくらいの日数をもたせることができる?」
質問を投げかけられたことでクゥエンティ将軍が困る。
敵国に対して自分たちの窮状を正確に伝えるなど軍人として失格もいいところだからだ。
だが、リオは最初からガルディス帝国の食料を把握している。
そもそも今の彼らが生活しているのはグレンヴァルガ帝国の領土内。グレンヴァルガ軍のテリトリーとも言っていい場所であるため食料の残量など昨日の内に調査を終えている。
「……数日は--」
「嘘は止せ。お前は軍人である前に民を守る皇族の一人だ。民を飢えさせるような真似をするべきではない」
「……っ!?」
「既に明日の食料も危ういレベルだろう」
避難民が増えることになれば今日の食料すら危ういレベル。
「そんなことは……!」
「俺は責任者と話をしている。一介の将軍にしか過ぎない者は黙っていてもらおうか」
「……」
リオの言葉を訂正しようとしたホランド将軍。
それをリオに一蹴されてしまった。
「騒動に気付くことができ、要塞を放棄することを決めたところまではよかった」
魔物は北から攻めて来ていた。
北にある都市が同じような状態であることを早馬で知らされたホランド将軍は要塞の放棄を決心した。
立て籠もる選択肢もなかった訳ではなかったが、籠城は救援が望める状況にあるからこそ有効な手段。補給が断たれた状態で避難民と兵士を合わせて二十数万人が立て籠もったところで近いうちに力尽きるのは目に見えている。
「お前たちに未来があるとしたらグレンヴァルガ帝国に助けを求めることのみ」
さすがに国境を越えたら襲ってこないのは想定外だったが、グレンヴァルガ帝国の兵士と協力して魔物を迎撃するのがホランド将軍の思惑だった。
さすがに敵対関係にある間柄だったとしても魔物に自分たちも襲われれば協力しない訳にはいかない。共に魔物へと対処することによって諸々の問題を有耶無耶にするつもりだった。
「必要なのは食料だけじゃないだろ」
「ええ、そのとおりです」
必要な物資は多岐にわたる。
「最も重要な事を確認しなくてはならない。お前は、自分たちがどこで生活をしているのか分かっているのか?」
「それ、は……」
「自分たちの国の領土ではなく、我がグレンヴァルガ帝国の領土だ」
敵対関係にあったとしても必要な手続きと検査を行うことで両国の間を行き来することができる。
しかし、避難民たちは緊急事態だったため必要な手続きを一切行っていない。
だからと言ってガルディス帝国へ戻る訳にもいかない。
「そこで、他の支援物資も含めて提供してもいい」
「本当ですか!」
「ああ。二つの条件を守ってくれるのなら構わない」
クゥエンティ将軍が緊張から息を呑む。
敵国が突き付ける条件が厳しくないはずがない。
「一つは支援物資の対価を後に渡すこと」
「それは、もちろん!」
「必ずだぞ。緊急事態だったから、約束を取り付けたのが将軍だったからなんていう言い訳は通用しない。対価が渡されない場合には強制的に徴集することになるのを忘れるなよ」
「……」
俯いて黙ってしまうクゥエンティ将軍。
グレンヴァルガ帝国は、戦争とはいえ非戦闘員を巻き込むような真似はしてこなかった。後の統治をスムーズに行う為にも禍根を残すような真似をする訳にはいかなかったからだ。
戦場近くにある村などへは一切の手出しをしてこなかった。ところが、約束を破るような真似をすれば軍事行動として襲う、と言っている。
「こちらも何の罪もない人々に苦労を強いたくない。彼らを助ける為にも条件を守られることを祈りたいところだ」
「もちろんです。で、もう一つの条件は……」
「ああ、そっちもあったな」
――ガルディス帝国の全面降伏だ。
4月4日(土)
☆書籍情報☆
書籍の内容は第1章と第2章、第4章になっています。
ただし、ほぼ書き下ろし同然です。




