第5話 支援の条件
「全面、降伏……」
その言葉は戦争に従事している者たちにとって重たい言葉だった。
軍人の誰もが、その目的を成し遂げる為に邁進して戦い続けていると言ってもいいぐらいだ。
それは、リオが唐突に告げた言葉だった。本来なら、支援することで有利になる条件を突き付けるところまでが目的だった。
支援物資の対価を支払う。
量が量なので通常よりも破格の金額を請求されたとしても文句を言われることがない、または封じ込めることができる。
そのため最低限の人道的支援さえできれば十分だった。
それが、家臣との話し合いによって出された結論。
ところが、リオは更なる要求を突き付けてしまった。
「さすがに敵国の人間を支援するのは外聞が悪い。それに、今も逃げている人がここへ向かっている。船で海からメティス王国や他の国へ逃げている連中もいるみたいだが、大半がここを目指している」
三方を海に囲まれ、歩いて移動できるのは南のみ。
それぐらいの事は平民であっても全員が知っているため、誰もが真っ先に南を目指した。
「全員を支援するとなると負担は相当になるんだ。ちょっとした手助けでは済まされないな」
リオも個人的には助けたい。けれども、『皇帝』という立場が許さない。
だからこその交渉だったのだが……
「だが、助ける相手が自国民なら事情は変わる」
「つまり……ガルディス帝国民であることを捨てて、グレンヴァルガ帝国民になれと言いたいのですか?」
「違う」
クゥエンティ将軍の推測をリオはバッサリと切り捨てる。
「ガルディス帝国がグレンヴァルガ帝国に下れ」
「なっ……!」
その条件に言葉を失くしてしまう。
「全面降伏とはそういうことだ」
グレンヴァルガ帝国民になってでも助かりたい人間では不足。
全員が賛同して初めて助かることができる。
「そんな事が受け入れられるはずがない!」
「そうかな? 民衆は命が助かるなら、どっちの国に所属していても構わないはずだ」
実際、平民にとっては平穏に過ごせれば自分たちがどちらでも構わない。
俺も村人だった頃は、戦争が起こっていた場所から離れた辺境で生活していたこともあって国の事なんて全く興味がなかった。
避難民たちも生活を保障してくれるのなら、どちらでも構わない者が大半だ。
しかし、中には受け入れられない者もいる。
「貴族の爵位は全て没収。皇族については、今回の騒動に対して相応の責任を取ってもらうことになるからクゥエンティ将軍も覚悟をしておいた方がいいぞ」
「……っ、ふざけるな! そんな事が受け入れられるはずないだろ!」
「支援する条件が『返済』と『全面降伏』だ。それが受け入れられないようなら支援は拒絶する、と受け取らせてもらう」
「話にならない! 失礼させてもらう!」
クゥエンティ将軍が天幕を出て行く。
相手との交渉が行き詰まったのなら別の相手と交渉するのも手だが、グレンヴァルガ帝国における最高権力者であるリオを相手にしている以上、別の者との交渉など意味がない。今は時間を置いて条件を変更してもらうしかない。
問題があるとすれば持てる時間は少ない、ということだ。
そうして、一人残されたホランド将軍がリオを睨み付ける。
「貴方には血も涙もないのですか?」
「発言を許可しよう。そんな物はあるに決まっているだろ。俺は人間だぞ」
「だったら、目の前に明日どうなるのかも分からないほど困っている人がいるのですから助けるべきでしょう!」
ホランド将軍も支援を受けるにあたって多少の条件はつけられると思っていたはずだ。
「私とて伯爵位を持つ身です。民の事を思えば、私にできる範囲なら何だってするつもりでしたし、他の方の協力が必要なら説得もするつもりでした。ですが、この条件はあまりにも……」
支援するつもりがないようにしか思えない条件。
この条件では説得など到底不可能だ。
「貴方は何の罪もない人々を見捨てるつもりですか!」
「何を言っているんだ……?」
リオに対して怒鳴るホランド将軍。
だが、怒鳴られた当のリオは心底困惑していた。
「助ける、と言っているだろ」
「ですが……」
「助かる為の条件は提示したんだ。俺たちからの支援を受け入れるかどうかは、お前たちの意思次第だ」
「そういうことですか……」
あくまでも決めるのはガルディス帝国の人々。
「ですが、あのような条件が受け入れられるはずがありませんよ」
「だったら好きにしたらいいだけの話だ」
「……失礼します」
リオのスタンスは変わらない。
支援を諦めたホランド将軍も天幕を出て行く。
残されたグレンヴァルガ帝国の面々も困惑している。
「陛下、何もあのような条件を付けなくてもよろしかったのでは?」
天幕にいるのは戦場であるためほとんどが軍人だが、その中にあって数少ない事務官のうちの一人が意見を述べる。
その言葉に対して溜息を大きく吐く。
今のガルディス帝国の状況を最も把握しているのは俺とリオぐらいだ。他の者が自分と違った意見を述べてしまったとしても仕方ない。
「ここが戦場なら偵察は行われているな」
「はい」
リオの言葉に細身の男性が立ち上がる。
長身で、鋭い目付きで見られると射すくめられるような感覚に陥りそうになる。
「陸上からガルディス帝国へ潜入させております。そちらの報告はまだですが、状況が状況ですので普段は行わない使い魔による上空からの偵察も行っております」
空を飛ぶことができる使い魔に上空から敵地の情報を集めさせる。
感覚を同調させるまで使い魔と繋がれるようになるには苦労する。当然、敵も上空から観察されることを警戒しているため使い魔の存在を察知した際には撃ち落とそうと必死になる。
撃ち落とされることを警戒すれば遠くから観察するしかなく、正確な情報を得られない場合がある。そこを利用して相手から間違った情報を流される場合もある。
数の少なさと危険性、そして誤情報を警戒して戦場では利用されない。
だが、今はそういった危険性を抑えられる。
「人々は魔物から逃げるだけで精一杯で空からの監視にまで手が回りません。監視しているだけなら人間の護衛から攻撃されることもなく、魔物たちは上空へ見向きもしていません」
あくまでも都市を襲撃して、自らの領地とするのが目的。
空から攻撃されれば反応し、迎撃ぐらいはするだろうが監視に留めているうちは安全が比較的確保されている。
「酷いものらしいです。建物は魔物に占拠され使い難いようなら壊し、保管されていた食料は貪られていました。ま、一番酷いのは魔物に喰われた人間の跡があちこちに残されたままになっていることですね」
人間を殲滅する気はない。
それでも、追い詰める為に何人かの人には犠牲になってもらっていた。襲撃の規模を思えば、まだ数十人に抑えられているのが奇跡なぐらいだ。
「どこまで調べた?」
「申し訳ありません。飛行を続けられる距離にも限界があるので三つ先の都市までが限界ですね」
それ以上、先の都市まで進ませた場合は魔物の体力が尽きてどこかで休憩させなければならない。休憩中の魔物は無防備になってしまうため襲われることを警戒すれば無理はさせられない。
「そうか」
だから、俺たちが偵察に出したサファイアイーグルが異常なんだ。
「俺とそこにいるマルスも使い魔を偵察に出してみた。単刀直入に言えば、首都まで壊滅している」
「え……」
その言葉に誰もが言葉を失った。
これまでは、「かもしれない」という憶測で首都陥落も視野に入れて話をしていた。ただし、本当に首都が陥落することはないだろうと心のどこかで思っていた。現に俺たちも陥落した首都を見るまで楽観していた。
だが、観察した首都に生きた人の姿はなかった。
「もう首都は陥落している。いや、この言葉は正しくないな」
首都までの間にあるいくつかの都市も同様だ。
既に『停戦』や『休戦』などと言っている場合ではなかった。
「ガルディス帝国は既に亡んでいるんだ」
☆書籍情報☆
書籍の内容に第3章がない理由。
早々にヒロインを登場させたかったため飛ばしました。




