第2話 避難民
「では、報告を聞こうか」
大きな天幕の奥にリオが座る。
リオの前に置かれたテーブルには戦場における幹部が並んでいた。
ちなみに本来なら部外者である俺は特別に同席が認められて天幕の隅の方で会議の様子を見ているだけなら許可された。なにせ会議の結果は、俺にとっても無関係ではない。
「はい。現在、ガルディス帝国から多くの人々が我が国へと逃れています」
やはり、戦場を駆けていた人たちは逃げていた。
そして、何から逃げているかと言うと……
「原因は魔物の暴走です」
軍隊では対処できないほど大量の魔物が人々を襲っている。
結果、人々は逃げる以外の手段を失って南への逃亡を企てた。それというのもガルディス帝国の人々は、オネイロス平原で戦争を行っていることを知っており、戦争へ兵士が駆り出されたせいで少なくなったから魔物に蹂躙された、多くの兵士がいる場所なら安全だと判断した為だった。
「お前の報告を聞こうか」
「はい」
髭を生やし、眼鏡を掛けた細身の男性が立ち上がる。どちらかと言えばやり手の商人に見える男性だったが、ちゃんとした軍人で諜報部隊を纏める将軍だった。
そして、ホルクス将軍へ真っ先に報告をした兵士の上司でもある。
「正確な数字は未だに上がっていませんが、一つの都市を襲うのに百万もの魔物がいたそうです」
「ひゃく……!」
会議に参加していた誰かが呻いた。
以前、俺の故郷であるデイトン村の近くにある森で魔物の暴走が起こった時には一万近い魔物が村を蹂躙し、都市であるアリスターを襲おうとしていた。
本来なら、その事態にアリスターは総力を挙げて対処しなければならなかった。
その事を思えば1万という数は、都市を滅ぼすには十分な数がある。
「その百万の魔物がゴブリンだけで構成されているのなら……」
「たとえ最弱クラスの魔物だったとしても、その数はどうにかなるレベルではないぞ」
会議に参加していた一人の呟きに別の者が強く反応する。
まあ、百万ものゴブリンやスライムをどうにかできる訳がない。
「しかも、一つの都市でそれだけの数がいる。国全体では、いったいどれだけの数の魔物が溢れているのか分からないぞ」
今回、襲われていることが分かったのも戦場から最も近い場所にある都市に間諜の一人を潜り込ませていたからだった。そこは、ガルディス帝国の補給拠点になっている都市で、作戦を立てる上で重要な情報があったため潜り込んでいた。
彼が襲われている中、ギリギリまで都市に残り、様々な情報を集めていたからこそ事前に知ることができた。もし、魔物の氾濫を知らなかった場合、状況も分からずに押し寄せてきた人たちを受け入れなければならなかった。
「逃げてきた人たちはどうしている?」
「さすがにこちらの拠点へ入れる訳にはいきません」
敵の間諜が紛れ込んでいる可能性がある。いや、戦争中であることを思えば、それぐらいの警戒はして当然だった。
今は戦場だったはずの一部を開放し、こちら側へ入らないよう警戒していた。
「ですが、それも長くは続けられません」
「どういうことだ?」
「逃げ延びた人の数が多すぎます」
最も近くの都市には十数万人が住んでいた。周囲の村や町に住んでいた人も含めれば、さらに多くの人がいることになる。
そして、逃げ延びた人は既に十万人に達していた。
「つまり……人的被害はない、ということか」
「いえ、魔物の暴走が起きた割には少な過ぎるだけで犠牲となった人々は多いはずです」
ここから最も近い場所というのも大きい。移動距離が短い、ということは辿り着くまでの時間も少なくて済むということだ。逃げている最中に犠牲となってしまう人も少なからずいる。
「おそらく魔物は誰かからの指示を受けて都市を襲うだけで、人を襲う真似は控えているはずです」
「根拠は?」
「決定的なのは、国境の向こう側でしょう」
逃げる人を追いかけていた犬や猫、鹿といった多種多様な獣型の魔物たち。
ところが、国境の手前まで迫ったところで追いかけるのを止めてしまい、まるで道でも開けるように待機しているか北へと戻っていた。
彼らの行動はガルディス帝国を出ないようにしているようだった。
「誰かの指示、もしくは何かしらの意図が背景にあるのは間違いありません」
「そうだろうな。だが、国を亡ぼすほどの魔物を操れるものなのか……?」
疑問を口にするリオ。
だが、一つだけ可能性に思い当っていたことを口にすることができなかった。
「もし、魔物の目的が都市……と言うよりも人の住んでいる場所を亡ぼすことだけが目的なら大変なことになるかもしれません」
肥沃な大地であるオネイロス平原。
十万人を受け入れたとしても多少のスペースが余っていた。ところが、余っているのは多少のスペース。ガルディス帝国にいる数百万人が逃れてきたのなら、一瞬でキャパオーバーとなる。
それは、グレンヴァルガ帝国まで開放したとしても変わらない。
「避難民の数が増えるのは間違いありません。ガルディス帝国軍は、逃げる人々に襲い掛かる魔物を迎撃しながら避難民を守って逃がしています。一部は、こちら側へと渡り避難民を纏めていますが、大半が戻って迎撃へと向かいました」
魔物の人への襲撃は少ないだけ。
油断して手を緩めるような真似をすれば、あっという間に全滅してしまうほどの猛攻を繰り出してくる。
今は避難民よりも兵士の被害の方が多いぐらいだ。
「そこで、避難民を纏めている将軍から我が軍の指揮官への面会要請がありました」
全員の視線がホルクス将軍……を素通りしてリオへと向けられる。
リオが訪れた今でも指揮官はホルクス将軍だが、最高責任者がリオであることも間違いない。
政治的な話を含めて面会を行う必要があるのならリオが立ち会う方が効率的だ。
「俺は構わない。だが、今日すぐにというのは難しいな」
「はい。向こうも纏めるだけで精一杯のようで明日の朝を希望されています」
「分かった。それで構わない」
皇帝であるリオが鷹揚に答える。
下手に見られるのは皇帝にとって何よりも問題だった。
「現状は、許可している地点まで開放して自分たちだけでどうにかしてもらうしかないな」
まだまだ情報が不足している。
今日の会議はここまでとなり、グレンヴァルガ帝国の対応としては逃げ延びた人たちが不用意に奥へ入ってこないようにするのみと決められた。
☆ ☆ ☆
「どう思う?」
自分の天幕へ戻るリオ。
本来なら騎士の護衛を就けるべきなのだが、今は想定していなかった緊急事態と言っていいため同行した俺に任せ、騎士たちも軍の指揮下に入って対応に追われていた。
他国の冒険者である俺を信用し過ぎるのもどうかと思うのだが、報酬も別に約束されているため裏切るつもりなど毛頭なかった。
共にいるのが同じ迷宮主とあって遠慮なく聞いてくる。
「大量の魔物を喚び出して襲わせる……それ自体は可能だと思うけど、数があまりに異常すぎるぞ」
今回、起こっている出来事そのものは迷宮の力を利用すれば不可能ではない。
ただし、規模があまりに異常であるため迷宮の力を以てしても容易ではない。これだけの騒動を起こすのにどれだけの魔力が必要なのか計算する気にもなれない。こんな騒動を起こすぐらいなら別の事に利用した方が有意義なはずだ。
「何かしらカラクリがあるんだろうけど、その方法が全く分からないな」
しかし、迷宮主が騒動の黒幕である可能性は高い。
皇帝の為に用意された天幕へ辿り着いた。
「酷いな。カラクリなんて存在しない。純粋に迷宮の力だけで成し遂げたっていうのに……」
天幕の中央。
テーブルに腰掛けた一人の青年がいた。
☆書籍化情報☆
BKブックスより
5月1日に発売されます。




