第1話 戦場見渡す丘
今日は4月1日かぁ(ボソッ)
オネイロス平原。
そこは、グレンヴァルガ帝国とガルディス帝国――二つの帝国の緩衝地帯とも言える場所である。小さな森もいくつかあり、小川も流れている広大な平原。そんな肥沃な大地だからこそ、これまで数え切れないほどの戦いを繰り広げることになった舞台だ。
だが、両国の中間地点にあったことで戦争の舞台として利用された。仮にどちらかの国が入植を行えば、もう一方の国が蹂躙することになる。軍隊が守るという手段も取れなくはないが、ずっと守り続ける訳にもいかないためどちらの国も手をつけることができずにいた。
そうして肥沃な大地であるにもかかわらず緩衝地帯として利用されていた。
そして、そんなオネイロス平原のグレンヴァルガ帝国側には、現在数え切れないほどの天幕やテントが張られていた。今年も戦端が開かれてしまった戦争に従事している者たちのものだ。
「また随分と人数が多いな。これが全部今回の戦争に参加する人たちの物なのか」
そんな中、俺がいるのはオネイロス平原を見渡すことができる丘の上。
現在の状況を確認する為に護衛対象であるリオの立ち寄ることを望んだ。
「この戦争に6万人を動員している。非戦闘員も含めれば10万人になるかもしれないな」
馬車から降りて戦場を見るリオが教えてくれた。
敵国も同数ほどの戦力を揃えている。
「こちらも敵と同程度の数を揃えなければ蹂躙されることになる」
ガルディス帝国は、国境を接しているのがグレンヴァルガ帝国だけだから、この戦場へのみ戦力を集中させればいい。
しかし、他の国とも国境を接しているグレンヴァルガ帝国はそうはいかない。以前は他の戦場へも戦力を集中しなければならなかったためギリギリの人数で戦い、被害の拡大を食い止めるに留まっていた。
それが今は西の国とは個人的に友好関係を築くことができ、東はガタガタしているため最低限の戦力だけを残すだけでよくなった。
そのため、現在はグレンヴァルガ帝国の戦力のほぼ全てが集まっていた。
「できることなら、こんな問題はガーディルに残したくないな」
皇帝であるため護衛の騎士が常に近くにいる。
だが、ここは見晴らしのいい場所。狙撃の危険性も低いためリオが護衛から距離を置いて個人的な話をすることができる。
「ガーディル君は元気か?」
「ああ、元気だ。それに最近は真面目に体を鍛えようとしている」
「あの歳で?」
たしか、まだ2歳半といったところだったはずだ。
「あの歳でも次期皇帝だからな。楽しませるついでに体を鍛えさせていたんだ。今までは楽しむことを目的に遊んでいたが、今は強くなることを目的に体を動かしている」
その時に決まって使う文句があった。
「お前のとこのシエラに勝てないぞ、って言うとムキになって取り組むんだ」
それだけガーディル君にとってシエラからボコボコにされたのは屈辱だった。
子供の嫉妬心を利用した文句だったが、今は釣ることができるため率先して利用しているみたいだ。
「俺としては凄く不安だ」
果たして、そんな関係で将来夫婦になれるのか。
「ま、そんなことになったらシエラも他人事じゃないから、この戦争をどうにかしたい、って意見には賛成だな」
ただし、国と国の問題。
一介の冒険者に過ぎない俺にできる事など何もない。と言うよりも、冒険者でい続ける為には何かをしてはいけない。
「こちらにいましたか」
丘の上から戦場になる場所を眺めていると馬に乗った一人の軍人が近付いて来た。
馬から降りた軍人は若々しく、戦場の中にあって白い鎧を纏っている。どことなくさわやかなイメージを抱かせる。
「本日、こちらへお越しになるということでお迎えに上がりました」
「迎えなどいらないと言っていたはずだぞ、ホルクス将軍」
ホルクス将軍。
リオの推薦によってこれまでの功績が認められて将軍にまで異例の速さで登り詰めた平民出身の軍人。かつては平民出身ということで実力もない貴族の軍人から搾取されるだけの立場だったが、リオの処断によって貴族たちが排除されたことによってまともな軍人が正当に評価されるシステムが作られた。
今ではリオに忠誠を誓い、実力を遺憾なく発揮している。
「戦場では何が起こるか分かりません」
「ここはグレンヴァルガ帝国内だぞ」
「いいえ、ここも戦場です。敵の諜報が易々と潜り込めるような場所は戦場と変わりません。今もここを覗き見られている可能性があります」
「我が国の防諜システムは敵の潜入を防げないほど脆弱なのか」
「そういう訳ではありません。戦争において何よりも重要なのは情報です。彼らも自分たちを優位にする情報を得る為ならどんな手段も厭わないでしょう」
どれだけ警戒していてもすり抜けてしまうのが間諜の役割。
最悪、暗殺能力も備えた間諜が皇帝の視察をチャンスに思って暗殺に動く可能性だって捨て切れない。最低限の護衛だけを連れている今は格好の餌食にも思える。
「護衛なら問題ない。こいつがいる」
リオから紹介されたところで頭を下げる。
「……彼は?」
訝しげな目を向けてくる。
俺の格好や装備からして軍人には見えない。報酬次第で味方だけでなく敵にもなる可能性のある傭兵や特定組織に所属していない冒険者は、真面目な軍人からして見れば信用が置けない存在だ。
もっとも、それは信用の置ける功績がない場合の話だ。
「こいつはメティス王国のAランク冒険者マルス。我が帝国を一時は滅亡の危機に陥らせたカルテアから救ってくれた英雄だ」
「あの巨大亀から!?」
驚き、喜びを浮かべたホルクス将軍が俺の手を取ってブンブンと振る。
「私はこちらにいて実際に見た訳ではありませんが、帝都へ帰還した際に同僚から聞かされた話によれば相当な死地だったとの事。しかも、貴方たちがいなければ帝国は間違いなく滅んでいたとも聞かされています!」
どうやら軍人たちの中で相当に誇張されて伝わっているらしく、本人だと知って喜ばれていた。
「俺は間諜にやられるほど弱いつもりはない。護衛にしても、こいつがいればそこらにいる連中に負けるつもりはない」
「……その言葉には頷けます。ですが、万が一ということも考えられます。陛下はもっと自分の立場を自覚してください」
「お、おう……」
ホルクス将軍からの妙な威圧感に圧されてリオがたじろぐ。
「で、何かあったのか?」
「特にはありません。ですが、せっかく視察にいらっしゃるのですから陛下を自ら迎えたかったのです」
「そんな気にする必要はないんだぞ」
「そういう訳にはいきません! 陛下は私にとって救世主です。歓待しない訳にはいかないのです」
「本当に普段通りでいいんだ」
「なら、大丈夫でしょう」
安堵して戦場へと顔を向ける。
「最近は大きな衝突もなく落ち着いています。例年と変わらない様子ですから、あと何度か戦って今年も落ち着くことになるはずです」
視線の先にあるのは穏やかな様子の平原。
これが、もし戦争が始まれば荒れることになる。
「そんなに穏やかならこいつを向こうへ送ることは可能か?」
「話に聞く実力があるなら可能だと思います。我が軍の把握している潜入ルートの一つをお教えします」
「いいんですか?」
潜入ルートなんて間諜にとっては最も大切な情報と言っていいはずだ。
「一つぐらいなら問題ありませんよ。その程度で国の救世主に恩返しができるなら安いものです」
心の底からそんな風に思ってくれているみたいで笑っている。
これは、リオとは別に何らかの形で恩に報いる必要がある。
「向こうの特産って何ですかね?」
「特産、ですか? そうですね……ワインが美味しいとは聞いたことがあります。もし、お土産に持って来てくれるならワインでお願いします」
さすがは優秀な将軍。
俺の意図をしっかりと汲んでくれている。
「分かりました」
俺には美味しいワインの見分け方なんて分からない。けれども、ワインなら酒好きのメリッサに頼めば間違いはないだろう。
「では、我が軍の天幕へ……ん?」
何かに気付いた将軍が戦場を再び見る。
「突撃……?」
ガルディス帝国の方から大勢の人が一斉に駆けてくるのが見えた。
「そんなはずはない。向こうの軍人だって優秀なんだから無謀な突撃に意味なんてないことぐらいは分かっているはず……」
大勢の人間が駆ける光景は、軍隊が突撃を仕掛けているようにしか見えない。
しかし、突撃とは決定的に違うところがある。軍人とはいえ普通の人間には見えないのかもしれないが、俺たちの目には鎧を纏った軍人だけでなくみすぼらしい格好をした一般人までもが走っているように見える。
あれは、攻める為の突撃なんかじゃない。
「何かから逃げている……?」
そう考えるのが自然だ。
「ほ、報告ですっ!」
戦場の様子に戸惑っていると馬を駆った軍人が近付いて来た。
護衛として近くにいた騎士が一瞬だけ止めようとした様子からリオへの報告というよりもホルクス将軍への報告のようだ。
「ガルディス帝国が……壊滅しました!」
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