第28話 砂海の大蛇
「暑い……」
迷宮の地下51階から55階。
砂漠フィールドは、天井から照り付ける疑似太陽の熱と地面の砂であるため歩くだけで冒険者の体力を奪い取っていく。
ここでノエルが訓練をしている。
ノエルの近くへ転移すれば、こんな苦労をすることもなかった。いや、そもそも【迷宮適応】があるのだから暑さ程度はどうにでもなるはずなのだが、熱に苦しめられている状況でノエルが訓練しているため俺も同じ苦労を味わう為に現在はオフにしている。
砂が積み上がって砂漠にできた丘の上に立つ。
階層の全てが見渡せる場所に立ったことでノエルの位置が分かった。
「何やっているんだよ」
丘の上からはノエルの訓練の様子がよく見える。
まるで間欠泉のように地面から噴き出した砂の柱。それが蛇のように生き物かと思わせるような動きをすると中心にいる相手へと襲い掛かる。
そんな柱が広大な砂漠の中心に何十本とあった。
襲い掛かるのは必ず1本のみ。しかし、どれが襲い掛かって来るのかは中心にいる女性――ノエルには分からないため常に全ての柱を警戒していなくてはならない。
今も襲い掛かってきた1本を回避し、すぐさま他の柱全てを警戒する。
左側から襲い掛かってくる砂の柱。
「……っ!」
ギリギリで襲撃に気付くことはできた。
けど、本当にギリギリだったせいで足を掠めて激しい衝撃を受けてしまう。
「きゃっ!?」
どうにか受け身を取って着地をしたノエルの足が砂に絡め取られる。砂が巻き付いた足はビクともせず体を動かすことができない。これでは攻撃を回避することができない。
「ここまでのようだわね」
「まだ、まだ……!」
「そんな状態で言っても説得力の欠片もないわさ」
ノエルへ声を掛けながら一人の女性が近付く。
残念ながら、その女性は人間ではない。人間の上半身――豊かな胸と腹部を覆う茶色い鱗はあるものの美人と評することができる――と茶色い鱗に覆われた大蛇の尾で下半身を構成された女性型の魔物だった。
蛇の下半身を持つ人型の魔物――メデューサ。
彼女はメデューサの中でも進化を重ねた地母蛇。全てメデューサの母とも言える力を持っており、大地と共にある魔物。彼女に掛かれば砂漠の砂を生き物のように操るなど造作もない。
「根を詰めても仕方ない事だわさ」
「べつに……」
「この炎天下で何時間も動き回っていれば集中力も途切れるさね」
地母蛇が砂を操って簡単な椅子を用意する。
用意された椅子の数は――3つ。
「あんたもこっちに来たらどうだね?」
「マルス、さん……!」
転移した瞬間から気付いていた地母蛇。
逆にノエルは回避に集中し、消耗していたこともあって中断した後も俺の存在に気付くことができなかった。
「上の連中から聞いているさね。女たちの様子見だってね」
「女たちって……」
「そうだろう?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見る地母蛇。
一応、俺の支配下にあるのは間違いないのだが、あらゆる事を面白がる性格をしており主に対してもずけずけと言葉を発する。
20センチほどの短い杖を振るう。すると、足元の砂が蠢いて箱のように固められた砂の塊が現れる。
「ふぅ~」
中に入っていたのは煙管。
スキルで熱を起こすと簡単に煙管へ火を灯して煙草を吸っていた。
「美味いのか?」
「ああ、美味いさね。アタイら魔物は魔力さえ生きていけるけど、人間の生み出した煙草は本当に素晴らしいさね」
顔を綻ばせて煙草を吸う地母蛇。
彼女が吸っている煙草は迷宮を訪れた冒険者が落としていった物だ。どれだけ高級であっても煙草を【魔力変換】しても得られる魔力は乏しいため手に入れた煙草は彼女の許へと運ばれるようになっている。
「で、どんな訓練をしていたんだ?」
「見ていて分からなかったのかえ?」
俺には回避能力を鍛えているようにしか見えなかった。
「ノエルの嬢ちゃんがやっていたのは集中力を持続させる訓練さね」
炎天下の砂漠。
どこから襲い掛かって来るのか分からない砂の柱。
最初のうちは問題なく回避することができていた。しかし、熱に集中力を奪われて回避がままならなくなる。砂の速度は変えられていない。それでも回避が間に合わなくなるのは集中力が途切れてしまっていたからだ。
「主だった魔物連中は、この子から自分を鍛えるよう言われているさね。けど、眷属になったことでステータスは人並み外れている上、特殊なスキルまで授かっている。鍛えると言っても今さら地味な体力訓練をしても意味がないさね」
ノエルに不足しているのは実戦経験。
強力なスキルがあっても使いこなせなければ意味がない。
「さっき、ここへ来てからの事しか見ていないから分からないだろうけど、最初の頃は【舞踊】をきちんと使えていたさね。それでも集中力が切れてしまうと、躍っているように見えるだけでスキルとしては不完全なものになるのさ」
戦闘時における意識。
幼い頃から鍛えられていた俺やアイラ、イリスといった面々は意識が途切れる瞬間までスキルを発動させられる。シルビアも眷属になる前は戦闘とは無縁な生活を送っていたが、貧しい生活を送っていたおかげで根性が身に染み付いている。
しかし、ノエルは違う。舞など体を動かす必要もあったため問題なく動かすことができているが、それでも神に奉納する為の舞に根性は必要ない。むしろ神性を求める舞で根性など持ち込んではならない。
「この子に必要なのは徹底的なまでに追い込んで、それでも食らい付こうとする強い意志だよ」
「けど、それぐらいなら今までにやっていてもおかしくないか」
眷属になってからシルビアたちに追いつくため迷宮の魔物を相手に訓練を行っていた。
「残念だけど、アタシ以外の連中は頼りにならないさね」
魔物たちはノエルを相手に手加減をしていた。
訓練時にどの程度の力を出すのか指定することができる。しかし、本気を出すよう願ったとしても心のどこかで力にセーブを掛けていた。特に最も付き合っていた神獣たちが深刻で、本気を出すよう指示を出しても半分すら出せていなかったのが現状だ。
だから、迷宮では追い込まれたことがない。
「この子自身の魔物に好かれる体質が原因だろうさね。アタシも気を抜くと骨抜きにされそうな感じだよ」
「そこまで……」
それでも耐えられているのは、地母蛇が心を鬼にしているからだった。
「休憩は終わりだよ」
「はい……!」
「アンタは離れていな」
「あ、ああ」
言われるまま二人から離れる。
「そんなんじゃ全然足りないさね」
「え……」
「どうせなら、さっきの丘まで移動しな」
ヒュッと転移で丘まで一瞬で移動する。
地母蛇が持っていた杖を振るうと、彼女の周囲にある砂が盛り上がって体を持ち上げていく。
砂の柱の上にいる地母蛇。
だが、蛇のような形となったことで彼女の下半身が砂の大蛇となったように見える。
「これからはどデカい一撃を喰らわせる。油断せずに逃げ続けるんだね」
「えっと……」
思わず地母蛇を見上げるノエル。
体長50メートルほどの大蛇が目の前にいた。
「呆けている場合かい!」
砂で作られた尾が振るわれる。
上へ跳んで回避する。そこへ大蛇が倒れ込んできて潰そうとする。
「ひゃっ!」
錫杖で受け止めて潰されるのだけは回避したものの受け切ることができずに吹き飛ばされて地面へと叩き付けられてしまう。
「これで終わりじゃないよ」
大蛇の体から砂が弾丸のようになってノエルへ襲い掛かる。
「……へぇ」
砂の弾丸を撃ちながらノエルの姿を見ると眼を瞑っていた。
その姿を見て感心する地母蛇。
そして、砂の弾丸は1発たりとも当たらなかった。
「余計な情報は回避に専念するなら邪魔なだけさね。そんなことになるぐらいなら目なんか瞑っちまうといいさね」
「……早くしてくれない」
最小限の動きだけで砂の弾丸を回避したノエル。
ただし、喋っている時間が待ち切れなくて集中力を切らしてしまった。
それも地母蛇の作戦。
「くぅ……!」
砂の上を這うようにして移動した地母蛇の攻撃がノエルの腕を掠める。
苦痛に顔を歪ませながら意識を落ち着かせようとする。
「そんな意識をしている内はまだまださね。せっかく強いスキルを持っているんだから意識しなくても使えるレベルにまで扱えるようになってほしいものさね!」




