第29話 漆黒の怨嗟
「妙だな……」
日の光が届かない鍾乳洞。
真っ暗な闇に閉ざされている訳ではなく、地面にある水たまりや地面から突き出た岩がわずかに光を放っている。
光はなくても地面や壁が見える。
それが地下76階の光景だったと記憶していた。
実際、ここへ転移した時は周囲をはっきりと見ることができた。しかし、メリッサがいると思われる場所は黒く塗りつぶしたように何も見えなくなっていた。地図で確認すれば、メリッサのいる半径50メートルが闇に覆われている。
正体不明の闇。中心にメリッサがいるのは間違いなく急いで助け出すと近付く。
『そこまでにしてもらおうか』
「お前がメリッサに付き合っていたのか」
闇の前にいたのは真っ黒なローブを纏った骨だけの魔物。体の大きさや骨から判断した生前の体格から男性だと判断できる。
不死帝王。彼の前で死した者は問答無用で不死者となり、不死者の帝王である彼の支配下に置かれる、という能力を持った凶悪な魔物。
そんな魔物も迷宮主である俺が支配下に置いている。
普段は墓地フィールドを自由に動き回っているはずなのに鍾乳洞フィールドで何をしているのか。
『メリッサから頼まれた事があったから協力しているだけだ。墓地のように開放された空間よりも閉鎖された空間の方が都合いいのだ』
「……で、何をしている?」
目の前にある闇に触れてみる。
水の中へ手を入れた時のような違和感はあるものの侵入を阻むようなものではない。
『これは儂の作った結界だ』
「おいおい、こんな簡単に出入りのできる結界が……何の侵入を阻むものだ」
声を低くして不死帝王へ尋ねる。
『儂は不死者を支配する帝王。結界も準じた力になる』
「捕えているのは魂か」
『然り。呼び寄せられた魂が外から内部へ侵入するのは容易。しかし、内側から脱出するのは不可能な仕様になっている』
魂を捕らえて出さない為の結界。
不死帝王なら特定の魂を呼び出して出さないようにすることも可能だ。
「この中にメリッサはいるんだな」
『もう2時間になるだろうか』
「中へ入ってもいいか?」
『……メリッサからは止めるよう言われている。しかし、迷宮主であるお主が望めば従わなくてはならない』
「なら、ついて来い」
結界内部へ侵入する。
「くぅ……!」
全身を入れたことで重く圧し掛かってくるような重圧を感じる。
実際に圧されている訳ではなく、魂に掛かる重圧がそのように感じさせていた。
『こっちだ』
不死帝王に先導されて結界内を奥へ進む。
結界の中心部。そこに子供のように膝を丸めて俯いている女性がいた。
『お前たちが訓練に励んでいるのは聞いて知っている。ところで、どのような訓練をしていた?』
「弱点を克服、もしくは補うような訓練?」
イリス、アイラ、ノエルの訓練を総評するならそうなるだろう。
『では、メリッサの弱点とは?』
「近接戦が苦手なところかな」
『たしかに他の者よりは弱いだろう』
今となっては最後に眷属となったノエルの方が強いくらいだ。
『だが、それは克服すべき弱点か?』
「いや、弱点なんて克服できるなら克服しておいた方がいいだろ」
『補ってくれる仲間がいるのに、か』
メリッサが一人の時には近接戦は致命的な弱点になったかもしれない。
だが、そこに助けられる仲間がいるなら別だ。誰かに近接戦を任せて自分は後方から援護に徹すればいい。
『そもそも魔法使いの役割というのはそういうものだ』
だから、メリッサは弱点の克服よりもシルビアのように長所をさらに伸ばすことを選んだ。
『メリッサにとって最も武器となるものが何なのか分かるか?』
「――【魔神の加護】」
『そうだ』
自らの魔力を十倍に引き上げてくれるだけでなく、全ての属性に対して適性を得られるようになる【加護】。魔法使いであり、迷宮眷属であるおかげで迷宮の力が流れ込んだことでメリッサは素の状態でも凄まじい力を持っている。それが十倍に引き上げられるのだから強くなるのも頷ける。
『しかし、レベルアップ以外の方法でステータスを上げるのも限度がある。劇的な方法を彼女は求めた訳だ』
「もったいぶるな。ここで何をしている」
『見えないのか?』
見えていない訳ではない。
俺の隣をすぅと何かが通り過ぎていく。
『儂が召還した霊魂だ』
「……俺には強いようには感じられないんだが」
『それは、そうだろう。ここに充満している霊魂は普通の人間だった連中だ。兵士をしていた連中なら多少は戦える程度に強いが、所詮はその程度。お前らにしてみれば取るに足らない相手だ』
俺には脅威が感じられない。
しかし、空間の中心にいるメリッサは周囲の霊魂に心の底から屈して目と耳を塞いで逃げていた。
完全な敗北。
原因が考えられるとしたら霊魂の主たちがメリッサにとって苦しみの対象だった場合だ。
「こいつらの正体を教えろ」
『儂もメリッサと彼らがどういう関係なのかは知らない。儂は言われたままに特定の魂を呼び寄せただけだ。「幼い頃の彼女と関わりの深い者」という条件で呼び寄せさせてもらった』
「それって……」
メリッサの故郷だったラグウェイに住んでいた人たちだ。
あの街で亡くなった人たちにしてみれば領主の娘だったメリッサは憎悪をぶつける対象の一人にしてもおかしくない。
『呼び集められた魂に何かができるほどの力がある訳ではない。せいぜいが恨んでいる相手に怨嗟の声を吐くぐらいだ』
霊魂の声を聞くなら闇魔法への強い適性が必要になる。
しかし、【魔神の加護】を持つメリッサにはそんな問題などないも同然だ。
『今は恨み言を聞かされているところだろう。それも霊魂からの恨み言。その言葉は魂へと響く。かなり苦しいだろう』
「止めないと……!」
こんな辛いだけの訓練なんてする意味があるようには見えない。
今は意識を閉ざして耐えているせいで近くにいるのに俺の声も届かない。だから体を揺するなりして覚醒させる必要がある。
「……何をする」
『近付くところまでは許可しよう。だが、彼女の意識を今ここで呼び起こすのだけは許可できない』
メリッサに協力的な不死帝王がスキルを駆使して霊魂で俺の体を絡め取る。無理矢理に引き剥がすことは可能だが、結界内でそのような真似をすれば結界そのものを傷付けてしまう可能性があった。
今みたいな状態のメリッサがいる状況では好ましくない。
大人しく従うしかない。
『今のところ彼女に致命的な傷がついた様子はない。彼女からは三時間が経過したら結界を解除し、自らの魂へ干渉して意識を覚醒させるよう言われている。それに、何かしら問題があった場合には中断するようにも頼まれている』
訓練の手伝いは終了と中断にまで及んでいた。
その辺りの対処はメリッサらしく抜かりがない。
「俺には苦しんでいるようにしか見えないけど」
『精神的に追い詰められることによって魂を鍛える。魂が傷付いている様子はないし、問題があるようなら儂が必ず止める。お前が気にする必要はない』
そう言われても膝を抱えている姿を見ると不安にさせられる。
『まあ、本気で中断させたいと言うのなら命令すればいい』
命令すれば逆らうことはできない。
「トラウマは解決したと思ったんだけどな」
『トラウマが解消されることなどない。本当のトラウマは一生抱えなければならない。もしも、解決したというのならトラウマなどではなかった、というだけのことだ。本当に彼女の事を思うなら、トラウマなど思い出せないほど幸せにしてやればいい』
それが俺にできる事なのだろう。
そして、俺が今すべき事はメリッサの傍にいることではない。
「俺もゆっくりしている場合じゃない。付き合ってくれるか?」
背後にいた獅子型の魔物へと声を掛ける。




