第9話 リシャルレット
「ご苦労様」
訓練場を出ると入口の傍にアイラが立っていた。
「随分とらしくないことをしたんじゃない?」
「俺も自覚しているよ」
アイラが言うように保護した子供たちと必要以上に関わることを避けていた。
俺に出来るのは子供たちが成長できる環境を用意してあげるぐらいで何かを教えてあげられるほどの大人ではない、と思っていたからだ。
それでも今までは構わなかった。子供というのは逞しいもので、自然と自分で何をすべきなのか考えて女性陣に師事して恩を返そうと行動していた。
「将来どうなろうとあの子たちの自由だ。だけど、俺たちへ回ってきた雑用を請け負うような仕事だけは絶対にダメだ」
俺の保護下にある、という理由だけで選択肢を狭めるようなことをしたくない。
まだ成人前の子供たちには無数の選択肢がある。そして、どの選択肢を選ぶかは彼ら次第だ。
「成人した後で冒険者になりたいって言うんだったら全力で支援してあげてもいい。けど、今はそういう時期じゃないだろ」
「その考えにはあたしも賛成かな。ただ、女のあたしからそういうことを言っても伝わり難いのよね」
「まあ、な。だから俺が動くことになったわけだ」
いつもとはちょっと違った様子のエルマーを心配したアイラが冒険者ギルドの隅にいたのには気付いていた。
ただし、【迷宮同調】でエルマーの考えを知ったアイラは戸惑っていた。
アイラも幼くして親を亡くして一人で生きてきたような人間。逆のような立場になったことで、どのように接すればいいのか分からなくなった。
「こういうのは男の仕事だろ」
「男女差別は良くないと思うわよ」
「役割分担だよ」
年齢を考えれば『兄』という立場が正しいはずだ。
けれども、親を亡くし、親を知らない3人はアイラたちを本当に親のように慕っていた。
なら、俺の役割も自然と決まるだろう。
「似たようなことを父さんにされた覚えは俺にもあるからな」
「クライスさん? あの人の事は詳しく知らないのよね」
「父さんの事はいいんだよ……それより、あっちをどうする?」
訓練場のある廊下の奥を見ると青年が肥えた体を揺らしながら駆けていた。最近何度か関わりのあるヨルタン・リシャルレットだ。
ヨルタンの後ろには執事と護衛も控えている。
訓練場の上部は観客席になっており、誰でも見ることができるようになっている。冒険者ギルドを訪れる有力者が訓練をしている冒険者を見られるようにする為であり、実際に訓練中の姿を見て指名依頼を出されることもある。
野に埋もれた原石を見つける場でもある。
リシャルレット家の面々もそういった目的があったのだろう。
訓練場へ踏み入れた時点でリシャルレット家の存在には気付いていたが、あの時はエルマーたちとの訓練を優先させてもらった。
「先ほどの訓練を見させてもらったぞ」
「人に見せるようなものではないですよ」
「何を言っている! あのように派手な攻撃を見たのも初めてだったが、それらを全て意に介さず回避するお前の能力にも驚かされた」
「そんなに褒められるようなものじゃないですよ」
実際、俺の力は迷宮主になったことで得られたものだ。
迷宮主になる前のステータスは才能のない兵士が限界。だからこそ、無理なんかができるような存在ではなく、無難に生きるよう父から言われていた。
「で、何の用です?」
「単刀直入に言おう。リシャルレット家に雇われるつもりはないか?」
リシャルレット家については少しばかり情報を仕入れていた。
何代か前には王都で財務系の役職に就いていて、領地を統治する貴族にも結構な影響力を持っていた。ところが、権力闘争に敗れてしまったために役職からも外されてしまい、今となっては没落寸前といった様子の伯爵家。いや、名ばかりの伯爵と言った方がいい。
そんな状態を良しとしない先代伯爵――ヨルタンの祖父に当たる人物は色々と悪い噂のある人物とも繋がっていたらしい。
あくまで噂レベルの情報。しかし、そんな噂が出回り、鎮静する為に動き回った様子もそれほど見られないことから真実だと窺える。
そんな家でも貯め込んだ財産がある。
だから、ハーピィクィーンの卵を持って来るよう依頼することもできる。
「俺を雇うつもりなのかもしれませんが、既に6人でパーティを組んでいます。最低条件はパーティで雇用することになりますが大丈夫ですか?」
「それぐらいは余裕だ」
冒険者を6人雇うぐらいは余裕。
問題は、俺たちが普通の冒険者とは一線を画すところにある。
「そうなると報酬は金貨が100枚は必要ですね」
「それぐらいは余裕だ」
余裕だと言うヨルタン。
しかし、勘違いしているようなので後からごねられても面倒だから先に訂正しておく。
「1日の報酬が金貨100枚ですよ」
「な、に……?」
金貨1枚あれば家族5人が田舎で慎ましく生きていくぐらいはできる。デイトン村にいた頃の俺たち家族の財政状況はそんな感じだった。
金貨100枚は大金だ。田舎よりも物価が高いアリスターでも家族が何年も暮らせるだけの価値がある。
そんな大金を1日に要求させられて呆然としている。
おそらく、金貨100枚で数カ月雇うつもりだったのだろう。
「俺たちのパーティはAランクが5人にBランクが1人です。単純にランクだけを考えても安いぐらいです。本来なら、ここにSランク冒険者以上の力を持つ人物ということで倍に跳ね上がってもおかしくないぐらいです」
「だ、だが冒険者のようにみすぼらしい仕事をしていては……」
「少なくとも資産を切り崩しているだけで稼ぐ能力がない人たちよりは稼げる自信がありますね。果たして、どちらがみすぼらしい仕事でしょう」
「う、ぐぐっ……それは我が家の事を言っているのか!?」
「そのように聞こえてしまったのなら謝りましょう」
「クソッ!」
ヨルタンにも俺の方が稼げることが分かっている。
だからこそ俺に謝られることを嫌う。権威を誇る貴族にとっては逆に嘲笑われているようで侮辱されている気分になる。
「マルス様」
「何です?」
ヨルタンに変わって執事が出てくる。
「たしかにマルス様の方が稼げるのかもしれません。ですが、世の中は稼げる者が偉いわけではありません。リシャルレット家のように権威のある者に雇われた方がよろしいのではないですか?」
「おお、そのとおりだ!」
執事に隣でヨルタンが笑みを浮かべる。
「権威、ね」
「……何が言いたい?」
「俺たちはアリスターだけじゃない。他の都市でも有名になったはずだ」
「ええ、そうですね。ですから情報を集めるのは難しくありませんでした」
「そんな俺たちが拠点にしているアリスター家と何の関係もないと思っているんですか?」
「……!?」
実際には明確な雇用関係は存在しない。調べれば確実に分かる事だ。
それでも、懇意にしているのは間違いないため懐刀のように思われている節はある。
アリスター家と関わりのある冒険者。
「果たして、あなたたちにアリスター家以上の権威を誇ることができますか?」
王国の南部に強い影響力を持つアリスター家。
今のリシャルレット家には不可能だ。
「我が家の勧誘を断るつもりか?」
「勧誘を受けるほどのメリットが見つかりません」
「……後悔することになるぞ」
苛立った様子で冒険者ギルドを出て行くヨルタン。
「あたしが後をつけようか?」
「そんな必要はない。この都市にいる間は常に監視がついているような状態だ」
迷宮の魔力を消耗することにはなるもののアリスターの全てを監視下に置くことができる。
「それに、ああいう奴らが次に何をするのかは予想できる」




