第10話 庇護下にあるということ
「あいつ!!」
アリスターにいる間の仮住まいとして借りている屋敷へ帰るなりヨルタンは自分の机に拳を叩き付けた。
勧誘を断られた。
自分の父親が犯した失態によって王都にいられなくなったリシャルレット家。場合によっては裏家業の人間に始末されてしまう可能性が高いくらいに危険な状況にあった。
そのため逃げるようにアリスターを訪れていた。
「落ち着いてください、ヨルタン様」
「落ち着けだと!? あのような舐められた態度を取られたのだぞ!」
「伯爵となられるお方だからこそ落ち着かれる必要があるのです」
「う、うむ……」
執事に窘められて、どうにか落ち着くヨルタン。
「彼らの戦闘力は今後のリシャルレット家において必要不可欠なものです」
裏家業の人間との間にトラブルを抱えてしまったリシャルレット家。
当主や後継者に護衛が必要なのはもちろんだが、相手との問題を解決する為にも明確な戦力を必要としていた。そういった理由もあって冒険者を雇おうとギルドを訪れていた。
「だが、あの様子だと雇われることはないぞ」
ヨルタンたちには、マルスたちには誰かに雇われるつもりがなく、断る為の口実として吹っ掛けていると思っていた。実際には、高ランク冒険者を雇うには莫大な資金が必要になるのだが、彼らではそこまで考えが及ばない。
「私に考えがあります」
「ほう」
「どんな人間にも弱点があります」
☆ ☆ ☆
翌朝、執事は冒険者ギルドを訪れていた。
目的は情報収集である。冒険者の情報を集めるのなら冒険者ギルド以上に適した場所はない。
その情報が冒険者に関する事なら尚更だ。
「エルマーたちに関することだぁ?」
酔った男の冒険者が声を上げる。
口を緩くするなら酒を飲ませるのが最も効果的。冒険者ギルドで俯いて暗い表情をしていた冒険者を捕まえるなり、酒場へと連れて行って酒を奢っていた。代わりに情報を吐かせるのが目的だ。
だが、目的を告げた瞬間に男の酔いが一気に醒めた。
「悪いことは言わない。お前が何を考えているのか何となく分かる。あいつらに手を出すのは得策じゃない」
「何を……」
「あの4人はガキのクセにDランクの冒険者よりも強い力を持っていやがる。外から来た連中の中には、あいつらの実力を認められなくていちゃもんをつける連中もいたんだが、大抵の奴らは実力を思い知らされることになった」
アリスターで実力を示すため意気揚々と訪れる冒険者。
活躍しているのがエルマーたちみたいな子供だと知って突っ掛かってきたものの訓練場で返り討ちに遭う。もちろんエルマーたちよりも強い者もいるのだが、その場はエルマーがやり過ごす。そうして翌日には冒険者ギルドの前で恥ずかしい格好をさせられて晒されることとなる。
エルマーたちがマルスの庇護下にあるのはアリスターで活躍する冒険者には有名な話だった。
理不尽な目に遭えば彼らが黙っていない。
マルスたちが遠征でアリスターにいない期間を見計らって復讐しようと考えた者もいたが、彼らがいなくても関係なくさらし者になっていた。
マルスたちがいなかったとしてもエルマーたちには優秀な護衛が常についている。
「ちょっと言い掛かりをつけただけでそんな目に遭うんだ。今、あんたが俺に話を聞いているのもあいつらにとっても許容できないかもしれない」
「そんな……こんな騒がしい場所で話している内容を聞かれるはずが……」
否定しながら不安になる。
咄嗟に誰かから見られているような気配を感じて振り返るものの、そこには誰もいない。
誰かに聞かれても怪しまれないよう騒がしい場所を選んで話を聞いていた。
「まず、あんたみたいな執事が冒険者と話している時点で怪しい」
「う……!」
「さらに言えば、あんたの仕える貴族様があいつの勧誘に失敗したことは少しばかり話題になっている。敵対、とまでは言わないが警戒されていることは、あいつを知っている冒険者なら誰もが分かっているさ」
酒場にいる誰かが告げ口するかもしれない。
もっとも、そんなことをしなくても全ての情報はマルスに筒抜けとなっていることを誰も知らない。
「し、失礼させてもらう!」
執事が慌てて席を立つ。
こんな敵しかいないような場所にいられない。
「待て。奢ってもらったお礼に一つだけアドバイスをさせてもらう」
「アドバイス?」
「どんな事においても引き際だけは心得ておいた方がいい。引き返せる内に引き返さず、踏み込み過ぎれば崖から落ちることになりかねない」
「心得ておこう」
酒場を出て行く執事を男が見送る。
「……そんなセリフが出てきている時点で気付いていないな」
既に断崖に立っていることに気付けていない執事は、次の行動を起こす。
それが崖の先へ足を踏み出すに等しい行為だとも気付かずに……
☆ ☆ ☆
「あのガキどもを捕まえろ、だと?」
「そうだ」
次に執事が訪れたのはスラム街にある使われなくなった酒場。
今はゴロツキたちのたまり場となっており、腕に自慢のある荒っぽい連中が冒険者ギルドには出せないような依頼を引き受けていた。
特に多いのが私怨による襲撃だ。普通なら街中で襲撃事件など騎士団が目を光らせているから簡単には起こらないのだが、アリスターに詳しい彼らは騎士団を掻い潜って騒ぎを起こすことができた。
アリスターに詳しいゴロツキたちならリシャルレット家の依頼も引き受けてくれる。
「冒険者マルスの庇護下にある子供たちを捕らえて人質にしたい」
「執事さんよ。あんた分かっていないみたいだから言わせてもらうが、この街でマルスの身内に手を出すような馬鹿はいないぞ。表沙汰になっていないだけで、あいつらの名声が気に入らない連中が同じことをしようとした。けど、誰もが翌日には消されていた」
「……殺されたのか?」
「まさか! 忽然と姿を消していたんだよ」
気付いた時には姿を見ることはなくなっていた。
あまりに不気味な手段に裏家業の連中も恐れるようになり、マルスたちとは関わらないようにしていた。
執事が接触したゴロツキたちもマルスたちと関わるつもりはない。
「ブロード家」
執事の呟かれた言葉。
「……!」
それにゴロツキたちの目が見開かれる。
「こちらは裏家業に対して多少の伝があります。あなたたちがブロード家との抗争に敗れて辺境まで逃げてきた情報は掴んでいます」
ブロード家と名乗る集団と手を組んでいたリシャルレット家。
裏家業の者たちとの接触方法や情報に詳しかったおかげもあってアリスターに到着して早々にスラム街の状況を把握する為に情報を集めていた。
すると、後々に役立ちそうな輩を見つけた。
「動かせるのは何人ですか?」
「40人は動かせる」
「結構。その者たちを使って彼らを捕えてもらいます」
「報酬は?」
ブロード家との抗争に敗れたことを知っている事を教えた執事が生半可な報酬を提示するとは思えない。
「今回の仕事が上手くいった暁には皆さんをリシャルレット家で正式に雇うことにしましょう」
「落ち目の貴族に雇われてもな……」
「当家はブロード家にとって致命的な情報を握っています。ですが、その情報を上手く利用する為には人手が必要です」
「なるほど。俺たちの復讐として手伝わせてもらえるのか」
「どちらにとっても、いい話だと思いますよ」
「……いいだろう。あいつらは目の上のタンコブだったんだ」
執事とゴロツキたちのリーダーが握手をする。
このような依頼で契約書は交わされない。依頼人にとって表沙汰になれば不都合となる依頼であるため証拠を残すような真似はしない。
ゴロツキたちも事情を理解しているからこそ握手だけを交わす。
お互いの信頼の証が交わされた。
「はい、アウト」




