第8話 鬼ごっこ-後-
「一体、何なんだ……」
訓練の様子を呆然と眺めていたコウカクの仲間の一人。
最初は唐突に始まった屋内の訓練場で行うとは思えないほど強力な攻撃に驚き、今は全ての回避するマルスの動きに驚かされていた。
「あ、おい!」
「は!?」
正面から迫る火球にハッとなる。
しかし、10メートルほど先まで飛んできたところで弾けて消える。
他の場所でも同様の火球や魔法が飛び交っているが、全て周囲で見ている人に被害を出す前に消されている。
それをしているのはマルスだ。手軽に生成した風の弾丸を当てることで魔法を消している。
その迎撃を全て、4人の攻撃を回避しながら行っているから驚かずにはいられなかった。本当に片手間で行っている。
「最初は鎖で縛った時に勝負は決まったと思ったんですよ」
巨大な火球を隠れ蓑にしての鎖による拘束。
いや、もっと言えば派手な動きをしていたエルマーを陽動にして隙をずっと伺っていたジリーの作戦。
訓練場にいた多くの人がエルマーを中心にした3人にばかり目が行っていて同じ場所にいるのにジリーの存在を忘れていた。
しかし、一部の者……そして、マルスは常に彼女の行動を監視していた。
「あれは露骨過ぎた」
「そうなんですか?」
「お前らレベルなら気付かないかもしれないけど、あのエルマーっていう坊主は位置に注意しながら戦っていたぞ」
派手な攻撃をしていたのは後ろにいたジリーの姿を隠すため。
そうして認識から外したところで致命的な隙を晒させるのが作戦だった。
「でも、打ち合わせをした様子なんてなかったのに」
「全員が自分は何をすればいいのか考えて戦っている。だからこそ惜しい」
その場における『自分』の最適な行動を考えている。
だが、残念ながら『自分たち』の最適までは考えられていない。
「短剣の嬢ちゃんと大剣の坊主が挟み込んだ時だって二人とも左右から攻撃を仕掛けるところまでは考えることができた。けど、相手と攻撃を合わせるところまで行動することができていないんだよ」
せいぜいお互いの攻撃が衝突しないよう気を付けるぐらいしかできていなかった。
「まず、あいつらに不足しているのは実戦経験だな」
長く4人で行動をしていれば自然と連携能力は磨かれる。
ただし、ディア加入から1年近くも経過しようとしているパーティ。相手の癖なんかは分かっている。それでも、上手く噛み合わないのには理由があった。
「個人としての技能だけなら、お前らよりも上だぞ」
「そんな……相手は5歳近く年下ですよ」
「だが、事実だ」
コウカクに真剣な表情で言われて真実だと痛感させられた。
実際、目の前で繰り広げられている戦闘を見れば誇張などではない事ぐらいは分かる。ただ、年上として子供に負けている事実が受け入れられないだけだ。
「どうやって……」
「今アリスターに11人のAランク冒険者がいるのは知っているな」
「はい」
「その内の5人とCランクのノエル……いや、最近になってBランクに昇格したんだったな。その6人がどこかから連れてきた子供が戦っている4人だ。一緒に生活している連中から鍛えられた賜物だって聞いている」
シルビアたち眷属が強い力を有している理由は判明していない。
しかし、よく屋敷の庭で訓練を受けている光景を見られていたこともあってエルマーたちが同年代では異常な強さを有している理由は知られていた。
「悔しいか?」
「はい」
若い冒険者も子供の実力を認めざるを得なかった。
「俺はアリスターで頂点を取るつもりでいるんです。あんな子供たちに負けている暇はありません」
「あの4人を超えるのは相当大変だぞ」
「それでも……」
ジリーの手から放たれる何十発という風の弾丸。
マルスは走りながら風の弾丸を回避して同様の風の弾丸を打ち込んで打ち消す。
子供でありながら自分以上の力を有している光景に若い冒険者は拳を握り締めていた。
その姿から勘違いしていることをコウカクは察した。
「あの子たちは十分な伸びしろを持っている。これからいくらでも強くなることができる。だからこそ今は勝てない」
☆ ☆ ☆
俺を捕えようとしていた鎖から脱出した後も走り回って魔法を回避し、飛び出していった魔法を打ち落とす。これぐらいのサービスはいいだろう。
「しかし、随分と物騒な魔法を教えてあげたな」
俺が打ち落とさなければ訓練場に甚大な被害を出す魔法。被害を出さないと宣言してあげたからこそ気兼ねなく使うことができている。
そんなことを考えながら回避していると魔法の陰に隠れたジェムが剣を突き出してくる。
さらにタイミングを合わせてディアも攻撃を仕掛けてくるが、タイミングが合っているだけで二人の攻撃は微妙に噛み合っていない。
そういう風に教育したから仕方ないと言えば仕方ない。
「あ……」
「うそ……」
二人の剣を同時に手で受け止めると呆然とする。
「やった、手を使った!」
我に返って喜ぶジェム。
どうやらエルマーには事情が分かっているらしく、ジェムのように無邪気に喜ぶようなことはしない。
「悪いが時間切れだ」
足元にあった砂時計を持ち上げる。
かなり派手に暴れていた訓練場だったが、【土魔法】で頑丈にしておいたおかげで傷がつくこともなく役割を果たしていた。
俺の手にあるのは砂の落ち切った砂時計。
制限時間が過ぎてしまったのは間違いない。
「二人とも随分と熱中しているようだったから安全に終わせてもらった」
声を掛けて静止を促したところで動きを止める確証がなかったぐらいに興奮していた。
「4人とも全力だったな」
「はい」
「うん……」
「そう」
「けっ」
一人だけ認められなくて悪態をつくジェム。
本人としては敵わないにしても少しは善戦できると思っていたのだろう。
「う……」
だが終わったと思って気を抜いたせいか目を回しながら倒れてしまった。
他の3人も同様だ。体力それに魔力を使い果たすほどに力を使い切った4人には何もする力が残されていなかった。
「パーティとして連携できていれば俺に武器を当てるぐらいはできたかもしれない。けど、そうはしなかったな」
4人の仲は決して悪い訳ではない。
それでも、どうしても噛み合わない時がある。
「いくつか理由はあるけど、一つ目はまず個人能力の強化に時間を使っていたからだな」
初めはエルマーだけだった。
それからジェムとジリーにも教えるようになり、ディアが加わって4人で行動するようになった。
「あいつらが剣や魔法を教えたのは自分たちの力だけでも生きていけるようにする為だ。恩返しの気持ちがあったとしても最低限の礼さえすれば自分たちのやりたいように生きていけばいいんだ」
「そういう訳には……」
反論しようとするジェム。
俺たちに保護されるまでの苦境を思えば恩を返したくて仕方ないんだろう。
「さっきも言ったけど、保護したのは本当に気まぐれだ。だから、自分の進路は自由に選んでいいんだ。お前たちが冒険者として活動しているのはどうしてだ?」
「それは……稼げるから」
小さく呟くジェム。
大金を稼げる、というよりも子供の彼らでも稼げる仕事が冒険者ぐらいしかなかった。
少しでも早く返したいと考えている彼らには他の選択肢がなかった。
「恩返しなんていつでもいいんだ。だから冒険者に拘る必要なんてない」
これが連携能力を鍛えなかった理由。
「4人で連携するにしても仕事次第で動き方は変わる。冒険者パーティとしての動き方なら教えてあげられるけど、例えば騎士になるって言うなら違った連携を要求されることになる。変な癖がついたりしないよう、俺たちの間で話し合っていたんだ」
「それは、分かっていました」
リーダーであるエルマーは教えられなかったため自分なりにどうすればいいのか必死に考えた。
それはいい。自分で最善を考えるのは将来にも役立つ。
「それから最も重要な理由。成長期だからだ」
動きを合わせる時は、相手の体格や力を考慮して自分で考える。
しかし、成長期の彼らは毎日のように身長が伸び、力も増している。ましてや屋敷に来てからのジェムとジリーは健康的な生活を送っているおかげで信じられないほどの速さで成長している。
大きくなる前の状態を思い浮かべながら連携しようとしても噛み合わない。
「今のお前たちは成長期なんだ。無理に背伸びして恩を返そうなんて考える必要はない。将来の選択肢なんて無数にあるんだから、学校に通いながらでも考えればいい。そして、10分ぐらいは全力で戦える力を備えてこい」




