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その2:同僚の佐伯さん
午後三時、営業部から回ってきた請求書に不備が見つかった。
「篠原さん、これ、先方に確認してもらっていいですか」
書類を持ってきたのは、佐伯だった。
同じ部署の三十一歳。無口で、必要なことしか話さない。飲み会にもほとんど参加せず、誰かの悪口にも加わらない。
会社の女性たちからは「何を考えているのかわからない人」と言われている。
私も同意見だった。
「今日中で大丈夫ですか」
「急ぎません。明日の午前中で」
「わかりました」
佐伯はそれだけ言って、自分の席に戻った。
その背中を見ながら、私はふと思った。
この人は、誰かと付き合っているのだろうか。
いや、興味はない。
そう自分に言い聞かせたところで、佐伯が振り返った。
「篠原さん」
「はい?」
「昨日、眠れました?」
思わず手が止まった。
「え?」
「朝、少し疲れているように見えたので」
「大丈夫です。ちょっと夜更かししただけです」
「そうですか」
佐伯はそれ以上、何も聞かなかった。
普通の会話だ。何の意味もない。
それなのに、私はしばらく請求書の数字を読み違えた。
人に踏み込まれないことに慣れた女は、ほんの少し気にかけられただけで、勝手に意味を探してしまう。
そのことが、ひどく嫌だった。




