その3:返事のない夜
夜十一時四十分。
自宅のテーブルには、缶ハイボールと冷めたコンビニ弁当が並んでいた。
相談者から返信が届いていた。
『ありがとうございます。彼に聞いてみました。そしたら、今は仕事が忙しいから、そういう話はもう少し待ってほしいと言われました。やっぱり、私が焦りすぎなんでしょうか』
私は画面を見つめた。
仕事が忙しい。
恋愛における万能の延期理由だ。
ただ、本当に仕事が忙しい人だっている。だから、言葉だけで嘘だと決めつけることはできない。
問題は、その後だった。
『いつなら話せそうか、聞いてみてください。具体的な時期を一緒に考えてくれるなら、待つ余地はあります。
ただ、期限も話し合いもなく、あなたにだけ我慢を求めるのなら、それは二人の問題ではなく、あなた一人に押しつけられた問題です』
送信する。
私は缶を持ち上げた。
ふと、土曜日の男を思い出した。
彼は帰り際、「また飲もう」と言った。
私は笑って「そうですね」と答えた。
連絡先は交換していない。名前も聞いていない。
あれもまた、具体的な約束を伴わない優しさだった。
私たちは、相手に期待しなければ傷つかないと思っている。
けれど本当は、期待している自分を見ないようにしているだけなのかもしれない。
スマートフォンが震えた。
SNSの通知ではなかった。
会社の同僚、佐伯からだった。
『今日、駅前で見かけました。声をかけようか迷いましたが、誰かと一緒だったのでやめました』
私は缶をテーブルに置いた。
駅前。
誰かと一緒。
土曜日のことではない。今日は月曜日だ。
それなのに、心臓が一度だけ大きく跳ねた。
私は返信欄を開き、閉じた。
もう一度開いて、短く打った。
『そうだったんですね。気づきませんでした』
送信。
すぐに既読がついた。
返事は来なかった。
私は空になった缶を握りつぶした。
誰にも見られたくない自分がいる。
そして、誰か一人くらいには、見つけてほしいと思っている。
その矛盾を、私はまだ処方できずにいた。




