第2話:優しい男ほど、約束をしない その1:午前零時の相談者
月曜日の朝、私はいつものベージュのカーディガンを着て、いつものブラックコーヒーを飲んでいた。
土曜日の夜に知らない男と過ごしたことも、日曜日に三万人のフォロワーへ辛辣な恋愛論を発信したことも、会社の誰も知らない。
「篠原さん、この資料の数字、確認してもらえますか」
「はい、わかりました」
声のトーンまで、いつもと同じ。
会社という場所は便利だ。誰もが他人のことを知っているような顔をして、実際には誰のことも知らない。
昼休み、スマートフォンを開くと、恋愛相談アカウントに新しいメッセージが届いていた。
『サキさん、彼は本当に優しい人なんです。でも、将来の話をすると話題を変えられます。私から結婚の話をするのは重いでしょうか。付き合って一年半です。彼は三十四歳、私は二十九歳です』
私はサンドイッチの包みを閉じた。
優しい人。
恋愛相談で、この言葉ほど厄介なものはない。
優しいという評価は、必ずしも相手が自分を大切にしている証拠ではない。怒鳴らない。暴力を振るわない。会えば笑ってくれる。そうした最低限のことまで、女性は恋愛市場で特別な価値として数え始める。
もちろん、優しさは大切だ。
ただし、優しさと誠実さは別の能力である。
私は返信欄を開いた。
『結婚の話をすることは、重くありません。あなたの人生に関わる話ですから、確認する権利があります。
ただし、彼が何と答えるかよりも、答え方を見てください。
すぐに結論が出ないことと、結論を出す気がないことは違います。
あなたが不安を口にしたとき、彼は一緒に考えてくれますか。それとも、あなたが黙るまで困った顔をしますか。
一年半付き合っているのなら、そろそろ彼の気持ちを当てるゲームを終わりにしましょう。
あなたが欲しいのは、彼の機嫌ではなく、二人の将来のはずです』
送信してから、私は画面を伏せた。
自分の言葉は、いつも他人に向けているときのほうが正しい。
自分に向けた瞬間、途端に使い物にならなくなる。




